リオ・グランデ川をはさみ米テキサス州エルパソと国境で接しているのがメキシコのシウダー・フアレス(以下フアレス)。この町は「murder capital of the world(世界の殺人の首都)」とも呼ばれ、麻薬カルテル同士の抗争などで毎年数千人規模の死者を出してきた。最悪だった10年には3500人以上が殺された。

抗争が沈静化してきたことや警察当局の努力によって10年をさかいに殺人件数は徐々に低下。だがここ数年、再び治安が悪化傾向にあるという。17年のフアレスの人口10万人あたりの殺人事件発生件数は56・16。日本は0・5にも満たないのだから、いかに同市で日常的に殺人が起きているかがわかる。

そんなフアレスでも、サッカーは希望の光だ。かつてこの地にはインディオスというクラブがあり、メキシコ1部で戦ったこともある。だが財政難から12年に解散。「フアレスに再びプロサッカークラブを」という声に応え、3年後の15年に「FCフアレス」が設立された。

エルパソで建設業に従事するトマス・アグエロさん(23)は同クラブの熱狂的サポーター。英BBC電子版によると、自分の時間と給料のほとんどを応援のために使うという。FCフアレスは現在、メキシコ2部でプレーする。2部クラブのアウェー戦にまで足を延ばすサポーターは多くはなく、アグエロさんは敵地でたった1人で声援を送ったこともある。

アグエロさんはFCフアレスのサポーターグループ「エル・カルテル」のメンバー。「名前を見て暴力を助長するグループなのかと思うかもしれないけど、正反対なんだ。僕らは平和とサッカーを広めていく」という。エル・カルテルはイベントや街中での行進などを通じて平和の重要さを訴えている。

「いたるところに殺人や死体があるけど、試合の日は全てを忘れて現実から逃れることができる。サッカー、そしてFCフアレスを応援することが僕を幸せにしてくれるし、生きるモチベーションになる」とアグエロさん。FCフアレスは平均9000人の観客を集め、先月22日のメキシコ杯1次リーグでは1部プエブラに2-1と逆転勝ち。明るい話題を振りまいている。

さらにクラブには新スタジアム建設計画もある。クラブ副社長のアルバロ・ナバロ氏は「このクラブはフアレスの生活と町のイメージを変えようとしている。国内外でね」と話す。FCフアレスの活躍によって、人々の生活に活気が生まれ、より安全な暮らしができるようになれば素晴らしいこと。サッカーにはそれだけの力があると思う。

【千葉修宏】(ニッカンスポーツ・コム/サッカーコラム「海外サッカーよもやま話」)