今年8月のイングラドには、プレミアリーグ開幕前週から大入りのスタジアムが1つ。首都東部にあるロンドン・スタジアムだ。

 昨季以来のウェストハムのホームは旧オリンピック・スタジアム。ロンドン五輪の遺産として陸上競技会での継続利用が入居の条件とされ、4日から世界陸上の舞台となって沸いている。引退を表明しているウサイン・ボルトが3位に終わった男子100メートル決勝では、ドーピング疑惑の過去を持つ勝者へのブーイングまで沸き起こった。

 陸上ファンの盛り上がりを眺めながら、ウェストハムのファンは「来週からは俺たちも」とワクワクしていると思いたいところだが、実際は「来週になっても俺たちは…」といった心境だろう。彼らに限らず、仲間同士で「ハッピー・ニュー・シーズン!」とあいさつも交わされる開幕戦はホームで迎えたいもの。「ホーム・アドバンテージ」という言葉があるように、チームとしても数万人の「12人目」と一体化した白星発進が理想だ。ところがウェストハムは、世界陸上の影響で開幕3試合をアウェーで戦わなければならない。

 大会自体は13日に終了する。だが、陸上トラックが可動式の客席で覆われ、クラブとスポンサーのロゴで飾られた「サッカー場」へとスタジアムを戻すには最低2週間を要する。おまけに結果的なアウェー3戦は、国内北部のマンチェスターとニューカッスル、その間に南岸沿いのサウサンプトンという遠方。駆けつけるファンも往復で計2000キロ近い3連続遠征を強いられる。

 ウェストハムは移転1年目にロンドン・スタジアムで低調だったことから、さほどのデメリットではないとする意見もある。たしかに前年の7位から4つ順位を下げた昨季、ホームでの獲得ポイント数は降格したハルより少なかった。陸上トラックを隠してもピッチが遠い新居では、英語の「アトモスフィア」が「雰囲気」と「大気」を意味することから、「ここより月面の方がアトモスフィアがある」と冗談まじりに嘆くサポーターもいた。

 しかし、だからこそウェストハムのファンは、1試合でも早くロンドン・スタジアムで「ホーム気分」を味わいたいはず。対戦相手が恐れるホーム・アドバンテージを生み出す必要性を認識しているはずだ。元自軍選手で人気のスラベン・ビリッチ監督が、経営陣からのプレッシャーで今季解任第1号の有力候補と目されてもいる。昨季終盤には転機も訪れかけた。市内ライバルから優勝への望みを奪った5月のトットナム戦(1-0)、ホームの観衆が発散する熱気と覇気は移転以来、最高だった。上層スタンドから降りるエレベーターでは、両手を広げて歓喜の雄たけびを上げ続ける車椅子のサポーターにも出くわした。

 それが続く今季は、開幕から丸1カ月後の4節までホームゲームがない。6万人収容の豪邸だが、8月中はホームにはならず、改めて「アットホーム」な雰囲気作りを必要とする新居。正真正銘の「わが家」を欲するウェストハムの今季は、国際マッチ週間も明ける9月11日のハダースフィールド戦で本格的に幕を開ける。(山中忍通信員)

 ◆山中忍(やまなか・しのぶ)1966年(昭41)生まれ。静岡県出身。青学大卒。94年渡欧。第2の故郷西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を時には自らの言葉で、時には訳文としてつづる。英国スポーツ記者協会及びフットボールライター協会会員。著書に「勝ち続ける男モウリーニョ」(カンゼン)、訳書に「夢と失望のスリー・ライオンズ」(ソル・メディア)など。