日本代表を指揮していたザッケローニ元監督の通訳をしていた矢野大輔氏(37)は、7月にイタリア6部ラスカリスの監督に就任した。10日、本拠地でのチャルベンソッド戦で、指導者として初めてのリーグ開幕戦を迎える。

 8月30日、イタリア杯(プロモツィオーネカテゴリー、ピエモンテ枠)でコッレニェーゼを3-2で下し、自身の公式戦初陣を白星で飾った。プロサッカー選手にはなれなかったものの、念願の監督に就任した経緯を語った。

 「監督になりたいと思ったのは(南アフリカ)W杯が終わってから。日本で(監督の)ライセンスを取ったんですが、日本のライセンスがこっち(イタリア)では使えなくて、トリノで取りました。僕の持っているのは『Patetino B』。アマチュアとプロのユースのみのライセンスです。

 僕はもともとサッカーをやっていたし(サイドバック選手)、監督にはなりたいと思っていましたが、やはりザッケローニ監督の影響が強かったと思います。今回のことは監督も喜んでくれています。(試合をザッケローニ監督が見に来ることは)まあちょっと恥ずかしいですね」

 日本代表の通訳をしたことが監督業になる大きなきっかけとなったことを明かした。だが、今回のラスカリス監督就任は15歳で単身イタリアに渡った大きな決断が夢の実現を手助けした格好となった。

 「現在のラスカリスのファギーノGMは、15歳の時にトリノのアッリエービでプレーしていた時の監督だったんです。僕はその後に日本へ帰ったが、またイタリアに戻って来たのを知って『そろそろ監督をやるか』というような話をもらい、このクラブに出入りし始めたのが最初。監督になる話が2月くらい」

 監督とはいえ、指揮しているクラブはプロではない。6部リーグということもあり、選手たちは昼間に仕事をこなしている。練習時間に制限があるなど苦悩もある。

 「もちろん、妥協しなければならないところはたくさんあります。例えば夜の7時半からの練習に間に合わないメンバーも何人かいるんですよね。それは仕方ないと思いながらもね。仕事が1番ですから」

 やさしい表情で話した矢野監督だが、最大の懸念はやはりイタリア人から見た日本のサッカー。W杯4度の優勝を誇るイタリアからにとって日本はサッカー発展途上国。そんな日本人がイタリア人を指導するのを不安に感じていたという。

 「イタリア人にしてみたら、日本人にサッカーを教わるなんて、と思うだろうしね。僕は見た目も威厳とかあまりないし。そのへんで勝負というか、なめられたらいけないと思います。でも皆よくついて来てくれています。

 まず、彼らの中に入って行くというか、心の中に入っていくのはやはり大変なんです。普段言っていることが、いかに説得力があるか。彼らも僕のことを計っているんでね。ただ、ザッケローニさんにいろいろ教えてもらいましたから、そういう意味では自信もありました。

 (監督という仕事を)こだわってやりたいんで。自分の考えを積極的に前面にだすタイプ。(選手と)ぶつかり合うことはないが、全員の意見は聞くスタンスでいる。でも決めるのは僕。そういうメッセージはチームに伝わっていると思う」

 監督として1歩を踏みだしたが、経営者としての顔も持つ。6部のクラブにもかかわらず、胸スポンサーはユベントスと同じ。スマートフォン向けのゲームを運営する「Cygames(サイゲームス)」をメーンスポンサーに持ってきた。監督と経営者。プロ選手とは大きくかけ離れた環境の中、二足のわらじを履いた日本人監督が、サッカー先進国での戦いをスタートさせた。(波平千種通信員)