相手ゴールに向かわず、逆に遠ざかる動きも当たり前の「偽9番」。このコンセプトは、虎視眈々(たんたん)とゴールを狙い続けてネットを揺らす、典型的なCFが重宝されてきたイングランドにおいても定着している。

しかし、攻撃に迫力を欠いて後半戦を迎えているチェルシーには、「本職9番」が欲しい。これは、3トップ中央での起用頻度が増しているエデン・アザールと、ボール支配だけに終わるチームパフォーマンスにいら立ちが募り始めたファンの願いだろう。

チェルシーの「ナンバー10」ことアザールは、前線左サイドからのチャンスメークを好む。ストライカーとしての中央での先発には、今季のマウリツィオ・サッリ新体制下では初となった、16節マンC戦(2-0)で2アシストをこなした当初から、「ボールに触れる機会が減るから」と浮かない顔をしていた。ところが、敵の意表を突く一次的な策かに思われたアザールの「偽9番」先発は、1月12日の22節ニューカッスル戦(2-1)で6試合目(カップ戦含む)を数えることになった。

当人は、同節で今季プレミア一番乗りとなる10アシスト目を記録し、1カ月ぶりとなるホームでのリーグ戦勝利に貢献してはいる。だが、90分間の出来は及第点が精いっぱい。総体的な貢献度では、前半早々にロングボールをものにして先制点も奪ったペドロと、後半に勝ち越しゴールを決めもしたウィリアンの3トップ両サイドが上だった。チーム最大の武器がインパクトを欠いたチェルシーは、なかなか追加点に迫れずに同点とされて前半を終えると、ホームの観衆から軽いブーイングまで浴びた。

それでも、中央からのドリブルで決勝点をアシストしているあたりは、いかにもアザール。一方、時間の経過と共にボールを求めて中盤まで下がる姿が目立つ傾向は、いかにも前線中央を任された際のアザールだ。例えば、3センターの一角からエンゴロ・カンテが持って上がった場面、「偽9番」は彼の後方にいた。

アザールが得意の左サイドでボールを持っても、自軍の前線は攻撃参加したマルコス・アロンソとセサル・アスピリクエタの両SBが、最も相手ゴールに近い位置にいるという、悪い意味での「0トップ」状態だった。

今季のチェルシーには、背番号9番自体が存在しない。昨季までつけていたアルバロ・モラタは、昨年7月に生まれた双子の誕生日にちなんで番号を変更。その新29番は、指揮官にCFとして見切りをつけられた感がある。「相手にするには(オリビエ・)ジルーの方が嫌だったね」と言ったのは、モラタが先発した年始のチェルシー戦で、スコアレスドローを演じたサウサンプトンの吉田麻也だが、その2カ月前からリーグ戦で得点のないストライカーは、敵が守りに来るくるとわかっていたニューカッスルとの一戦でも、試合後のサッリいわく「けがではなく、不要との判断」でベンチを外れた。もう1人のジルーは、フィジカルが必要な場合の「控えCF」扱いのまま。ニューカッスル戦でも、フルタイム3分前まで声は掛かからなかった。 

当然、新FW獲得のうわさは後を絶たない。サッリは「むしろウィンガーが必要だ」と発言しているが、フロント主導の補強に口は挟まない主義の新監督による、間接的なストライカー獲得アピールという見方もできる。ウィリアンにはバルセロナ、若いカラム・ハドソン=オドイはバイエルン・ミュンヘンの手が伸びている事情もあるが、本来ならば最も欠かせないアウトサイドの先発レギュラーに関し、「今はエデンが第1ストライカー」と言わなければならないFW事情なのだから。

うわさの獲得ターゲットは、欧州トップクラスのエディンソン・カバーニ(PSG)から、国産台頭組のカラム・ウィルソン(ボーンマス)まで複数。サッリも、前任地のナポリでゴールを量産したゴンサロ・イグアイン(ユベントスからミランにレンタル移籍中)との再会でも実現すれば、歓迎しないはずがない。ただしし、冬の移籍市場は売り手に足元を見られがち。近年は買い控えも珍しくないチェルシーだけに、フロントの出方は微妙だ。

となればサッリは、せめてジルーに先発のチャンスを与えても良いだろう。優れた指導者であることは、ボールを持って攻め続けるスタイルの浸透具合からもうかがい知れるが、優れた監督であれば、手元の戦力を最大限に引き出しても然るべき。連携も申し分のないジルーとの「息」は、アザール自身が5節カーディフ戦(4-1)でハットトリックを達成した当時から認めてもいる。

前線のキーマンには、やはり頻繁にボールに触れながらコンスタントに相手ゴールへの脅威となれる役割が最適だ。そのためにも、時には相手DFを引きつけて間接的に、時にはワンツーなどで直接的に絡むCFとの共演が望ましい。アザールが国内で年間最優秀選手賞を総ナメにした3年前のチームには、ジエゴ・コスタという強力な1トップがいた。当時のリーグ戦得点数は、堅守志向のジョゼ・モウリーニョ体制下でも22節終了時点でリーグ最多の51点。それが今季のチェルシーは、サッリの下で攻めの姿勢を基本としていながら、トップ6最低の40点にとどまっている。

去る12日のニューカッスル戦勝利は、国内メディアで「4位での足場を固め始めた」と伝えられもした。確かに、同日にウェストハムに敗れた5位アーセナルとの距離は6ポイント差に広がった。翌日には、マンUに敗れた3位トッテナムとの差が1ポイントに縮まってもいる。しかし、前月からパフォーマンスに説得力を欠くチームで、ストライカー不在が目立つだけの“0トップ”が継続されるようであれば、ボール支配に怖さのない攻撃集団の足場などすぐに崩れる。結果としてトップ4争いに敗れ、来季もCLのないシーズンとなれば、かねてからR・マドリー移籍が囁かれるアザールは、「偽9番」はもちろん、今季限りで「チェルシーの10番」でもなくなってしまう…。(山中忍通信員)

◆山中忍(やまなか・しのぶ)1966年(昭41)生まれ。青学大卒。94年渡欧。第2の故郷西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を時には自らの言葉で、時には訳文としてつづる。英国スポーツ記者協会及びフットボールライター協会会員。著書に「勝ち続ける男モウリーニョ」(カンゼン)、訳書に「夢と失望のスリー・ライオンズ」(ソル・メディア)など。