終盤戦ともなると、判定が不利に働いたチームと、そのファンによる不満の声がボリュームを増すのは毎シーズンのこと。

だが今季は、加えて「VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)があれば」という嘆き声も頻繁に聞かれる。イングランドの人々は、プレミアリーグでの来季からの導入が待ち遠しいようだ。

当初は、ゴール判定システムに続くテクノロジーの「侵略」を嫌う意見が多かった。今でも、判定中はプレーが中断されるVARシステムが「パッション・キラー」などと呼ばれたりもする。「興ざめシステム」とでも言ったところだが、割合的には、ビデオ副審が主審の判定を補助する制度の「登場」を待ち望む人々が圧倒的に増えたように思う。それほど、「ミス」と言わざるを得ない判定が目につくのだ。

30節直後には、前回の本コラムで触れたファンのピッチ乱入問題がなければ、誤審の多さが大々的に問題視されていただろう。例えば、3月10日のリバプール戦でバーンリーが奪った先制点は、直接ゴールに飛び込んだCKが絶妙だったわけではなく、露骨なキーパーチャージが見逃されたことによる得点だ。GKのアリソンは、相手選手によるサンドイッチ状態。手前で体を預けてきたジャック・コークに進路を妨害され、背後からは肩に手をかけたジェームス・ターコウスキーにのしかかられ、パンチもキャッチも不可能だった。

前日の9日には、エバートンのGKジョーダン・ピックフォードが退場にならなかった。クロスを捕球し損ねたピックフォードは、故意にサロモン・ロンドンを倒した。巨漢のニューカッスルFWに飛びついたタックルは、同日にラグビーのイングランド対イタリアが行われていた、ロンドン南西部の試合会場の方が似合いだった。しかも、クロスの落下地点から軽く2mは離れた位置でのタックル。ボールを競りに行った際の不可抗力とは言えず、PKの判定と共にレッドカードも提示されてしかるべきだと思われた。

他会場では、オフサイドで無効とされるべきマンチェスター・シティの先制ゴールで、ワトフォードのせきが決壊した。線審の旗が上がっていても、主審はオンサイドと判断。ラストパスに走り込んでシュートの体勢に入ったラヒーム・スターリングよりも一瞬早く、相手DFがボールに触れた瞬間を目ざとく見届けたのだろうが、スターリングはセルヒオ・アグエロが胸で落としたボールに反応した時点でオフサイドだった事実が見落とされた。これらは、30節での誤審とおぼしき例の半数に過ぎない。

翌週のFAカップ準々決勝でも、やはり判定ミスが目立った。PK戦にもつれ込んだ17日のミルウォール(2部)対ブライトンでは、後者のMFマルティン・モントヤによる延長戦終了間際の勝ち越し点が、オフサイドとみなされている。前日のスウォンジー(2部)対マンCでは、逆にアグエロの決勝ゴールが取り消されなかった。しっかり見える位置にいた線審が、なぜ明らかなオフサイドを見落としたのかは理解に苦しむ。

同16日には、ウルブズのMFディオゴ・ジョッタにスライディング・タックルを見舞った、マンチェスター・ユナイテッドのDFビクトル・リンデレフに対するカードが、ビデオ判定を経て当初のレッドからイエローへと変更される一幕も見られた。カップ戦ではリーグ戦への導入に先駆けてVARが採用されおり、試用対象となる現プレミア所属クラブのホームゲームだったことから可能だったわけだが、判定変更の妥当性には疑問がある。

この一件に関しては、変更を歓迎する意見が多かったことは事実だ。テレビ中継でゲスト解説を務めた元DFマーティン・キーオンをはじめ、「体が宙に浮いていたわけではない」、「コントロールの効かないタックルではなかった」と指摘する識者が多かった点は、フィジカルが当たり前のイングランドらしいとも言える。とはいえ、リンデレフの両足に足首を挟まれたジョッタが骨折のけがを負う危険性を秘めた、猛烈なタックルだったことも事実。主審も、そう判断して一発退場を命じたはずだが、イヤピース越しにビデオ副審の助言を聞いて判定を改めた態度は、新テクノロジーへの甘えがあるようにさえ感じられた。

VARは、その名称に「アシスタント」とあるように、モニターで映像を確認する副審の助言と、ピッチサイドでの映像確認により、重大な局面での微妙な判定の精度を極限まで高めることが本来の導入目的。それが、ただでさえ明らかな判定ミスが多い上に、判定の最終権限を持つ主審が、いざとなればビデオ副審に決めてもらえばいいとでもいうような心構えでいるのだとしたら、判定の精度は下がる一方でも不思議ではない。

近代的なサッカーのルール確立にも寄与した「サッカーの母国」の審判員といえば、以前は国際的にも一目置かれたもの。ところが、昨夏のW杯にイングランド人審判員はいなかった。母国代表が1990年以来の4強入りを果たしたロシア大会は、1938年以来初めて、イングランド人が大会審判員リストから漏れたW杯でもあったのだ。直接的な理由は、候補に含まれていたマーク・クラッテンバーグ審判のサウジアラビア移籍。国内審判界の長に当たるプロ審判協会のマイク・ライリーGMは、昨年の段階で「クオリティーよりもタイミングの問題だ」と、事情を説明してもいた。だが年も変わり、その発言は説得力を失う一方だ。配下のプロ審判員による判定の信ぴょう性と同様に。【山中忍】

 

◆山中忍(やまなか・しのぶ)1966年(昭41)生まれ。青学大卒。94年渡欧。第2の故郷西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を時には自らの言葉で、時には訳文としてつづる。英国スポーツ記者協会及びフットボールライター協会会員。著書に「勝ち続ける男モウリーニョ」(カンゼン)、訳書に「夢と失望のスリー・ライオンズ」(ソル・メディア)など。