氷雨の中、トラックの水たまりに映った自らの姿とともに最後の直線を走る高橋尚子。3位でのゴールとなった=2006年11月19日(撮影・鈴木豊)
高橋尚子(34)の顔は意外なほどすっきりしていた。東京国際女子マラソンでの「惨敗」から約16時間後。雨の残る20日早朝の皇居周辺をジョギングしたあと、しっかりと前をみつめながら言った。
「がけっぷちなのは確か。でもこれまで何度も繰り返してきたから。このままでは終われない」。
「Qちゃん」神話が再び崩れた。シドニー五輪の金メダリストは19日、東京国際女子マラソンに臨んだ。2連覇を果たして来夏の大阪世界選手権、そして最終目標の08年北京五輪へ-。昨年の復活優勝から続く、この「最短ルート」の到達を期待した高橋ファンも多かっただろう。
しかし、いきなりつまずいた。土佐礼子との一騎打ちに敗れて失速し、2時間31分22秒の屈辱的なタイムで3位に終わった。冷たい雨に体温を奪われ、疲労困ぱいでゴールした姿は、貧血による大ブレーキでアテネ五輪を逃した03年大会の悪夢以上に無残だった。レース後、左ふくらはぎの故障を明かした。
年齢的に見て、過去のピンチとは比べものにならない。それでもきっぱり引退を否定し、あらためて北京五輪挑戦を口にした。果たして、世界の舞台へよみがえることができるのか。マラソン選手の全盛時は30歳前後で、その後は下降線を描くといわれる。28歳でシドニー金メダル、翌年のベルリンで世界記録を達成した高橋も例外ではない。大学まで無名で遅咲きとはいえ、ハードな練習による「勤続疲労」、年齢的な衰えは本人も自覚しているはずだ。
表彰式で記念撮影に納まる、左から1位土佐礼子、2位尾崎朱美、3位高橋尚子=2006年11月19日(撮影・宇治久裕)
とはいえ、これまでの実績が物語るように底力は別格だ。プロランナーとしても、最高の環境を整えている。日本陸連の沢木強化委員長は惨敗にも「故障がなければ、まだまだ世界の舞台で戦える」と言った。34歳になって、新たにトラック練習に取り組むなど、今回は危機感を持って練習した。普通の体調で走れたならば、全盛時のギアチェンジは無理でも、昨年並みの走りはできたかもしれない。
次のレースは慎重に決断するという。今まで未経験の過密スケジュールを覚悟の上で、大阪世界選手権の選考レースに再挑戦するのか。逆に一発勝負で終わるリスクを覚悟の上で、北京五輪の選考レースを選ぶのか。どちらを選んでも厳しい道のりは変わらない。新しい「神話」の始まりなのか、それとも。ファンは「Qちゃんスマイル」の復活を信じている。【佐藤智徳】
- 佐藤 智徳さとう・とものり
- 青森県生まれ。日刊スポーツ新聞社入社後、北関東支局を経てスポーツ部へ。バトル、大相撲、一般、モータースポーツなどを担当。42歳。
※本連載は毎週木曜日更新予定です


