このページの先頭

特別連載 THE OTHER SIDE




武豊 「もっとうまくなりたい」自分の未来に限界つくらず

有馬記念の表彰式でファンの声援にガッツポーズで応える武豊騎手(撮影・たえ見朱実)有馬記念の表彰式でファンの声援にガッツポーズで応える武豊騎手(撮影・たえ見朱実)

 中央競馬騎手武豊(37)は、「限界」をつくらず自らの欲求に素直に従っている。

 「もっとうまくなりたい」。

 デビューして20年が経った。日々、馬に乗ることが楽しく、少しでも上を目指す。シンプルな目標だが、上を目指すことを楽しんでいる。JRA通算2869勝(2006年12月25日現在)。地方、海外を合計すれば約3000に及ぶ。

 03年、前人未到の年間204勝を挙げた。JRAの歴史の中では、「年間100勝」でさえ”破られない記録”とされた時代がある。もちろん、当時とはレース数も違えば馬のレベルも違う。それでもこの数字は文字通り「ケタ違い」。さらに04年は211勝、05年は212勝と自らの記録を塗り替えた。そのたびに「『これ以上はもう無理かもしれないな』と考えたことはない」と話した。決して自分の未来に限界をつくらない。

 プロ野球選手はメジャーリーグを目指し、サッカー選手はヨーロッパに活躍の舞台を求めた。競馬以外で世界を志す人間が多くなるにつれ、武豊自身も海外に目を向けた。米、英、仏、豪はもちろん、香港、UAE、ニュージーランドでも騎乗した。06年の凱旋門賞でディープインパクトで参戦し3着に敗れた(後に失格)。その時2着だったフランスのプライドはデビュー戦で手綱を取っている。世界中で名馬と出会ってきた。その中でディープインパクトと出会い、日本の至宝と言われるまでに育て上げた。

有馬記念で最終コーナーを回るディープインパクト(中央、撮影・蔦林史峰)有馬記念で最終コーナーを回るディープインパクト(中央、撮影・蔦林史峰)

 05年夏、武はゼンノロブロイとのコンビで英国のインターナショナルSに参戦した。ディープインパクトのダービーからわずか2カ月。結果こそ2着だが、慣れぬ馬場に脚をとられながら、必死で走ろうとするロブロイのあん上で感動していた。レース後、騎乗停止処分を受けた。動物愛護が厳しい欧州において、国によってではあるがムチを打ち込める回数は決まっている。レース中、武は分かっていた。それでもムチを打ち込みロブロイを叱咤(しった)激励した。クラ下から伝わるパートナーの執念に応えようとした。メンタル面でひとつになった時、「人馬一体」というカタルシスを感じた。

 少しでも自分の力を試してみたいというシンプルな思いが、武豊を突き動かす。今年の宝塚記念をディープインパクトで制した後、「彼自身がもっと大きな舞台を望んでいるのかもしれない」と語ったが、武豊自身の気持ちも一緒だった。

 結果こそ頂点には届かなかった。失望も待っていた。だが進む方向は間違っていない。37歳と円熟の時を迎えた武豊は、自らの可能性に対しひたすらどん欲な姿勢を貫いている。【高橋悟史】

高橋 悟史たかはし・さとし
 1977年5月10日、栃木県芳賀郡出身、29歳。入社6年目。02年から3年間の大阪日刊スポーツ出向時代を含め、一貫してレース部中央競馬担当。現在はコラム「3連単づくし」を担当。

※本連載は毎週木曜日更新予定です



スポーツ番組表へのリンク