元祖「山の神」今井正人(30=トヨタ自動車九州)が、日本歴代6位の2時間7分39秒で日本勢最高の7位に入り、世界選手権(8月、北京)代表を確実にした。箱根駅伝の山登りの5区で名をはせた30歳が、世界標準の高速ペースに食らいつき、12年大会の藤原新以来3年ぶりに2時間7分台をマーク。「山の神」の殻を破り、現役最速ランナーとなった。エチオピアのエンデショー・ネゲセ(26)が、2時間6分0秒で初優勝した。

 涙を浮かべて、何度も言葉につまった。今井は「これまで悔しい思いしかしていなくて、笑顔でゴールしたかった。やっとマラソンのスタートラインに立てた」と目を赤くした。愛称「山の神」からの脱却を問われて「変わるのかな…。今日も(沿道から)そういう声ありましたし。少しは少なくなるかな」と笑った。

 箱根のスターが、日本男子マラソンの主役に躍り出た。30キロで先頭集団から遅れたが、36キロ地点の佃大橋の上り坂でペースを上げて、前の選手に食らいつく。1カ月前に導入した新走法が奏功し「いつもよりも体が硬くならなかった」。膝を高く上げるのではなく、股関節から足全体を動かすイメージで残り10キロを乗り切った。最後は出場選手中最高の2時間4分38秒を誇るケベデを抜いて、7位。「7分台が出たのは前進できる」。10度目のマラソンで、ついに殻を破った。

 「山の神」の呪縛があった。五輪を目標にマラソン転向。11年4月に結婚した麻美夫人(32)は「私も一緒に夢を追いかけたい」とアナウンサーの仕事を辞めた。だが周囲の期待と裏腹に結果が出ない。今井は「いい練習をしても裏切り続けてきた」。妻は「2人で考え込み過ぎて…」。東洋大の2代目「山の神」柏原竜二(現富士通)が活躍した際は妻に「やっと離れられるかな…」とこぼした。

 子どもの存在が救いになった。12年5月に長男秀馬君(2)が、昨年11月に次男悠人(ゆうと)君が誕生。自宅では子どもと一緒に風呂に入り添い寝した。大切なものができて、オンとオフの切り替えができるようになった。秀馬君は父の仕事を理解して、ダイニングテーブルの周囲をぐるぐると20周も走り回る。妻は「うるさくて大変です。でも家族で一緒にいることがいいみたい」。前日21日も長男が走っている映像を見てリラックス。レース中も沿道から「正人!」と叫ぶ妻の声を聞いた。競技に入れ込んで、空回りしてきた過去と決別した。

 北京切符はほぼ手にした。今井は「(秀馬は)1番、1番と言っているから7番じゃダメかも。子どもの記憶にはっきり残るまで走る姿を見せたい」。次の目標は北京経由リオ五輪行き。30歳で「山の神」とおさらばした現役最速ランナーは「やっとここまできた」と少し笑った。【益田一弘】

 ◆今井正人(いまい・まさと)1984年(昭59)4月2日、福島県生まれ。順大では箱根駅伝5区の山登り区間を任され、2年時に史上最多の11人抜きなど、大学3年間で合計20人抜き。07年トヨタ自動車九州入り。これまでのマラソンの自己ベストは2時間9分30秒。169センチ、55キロ。

 ◆世界選手権男子マラソン代表選考 代表枠は最大3。昨年12月の福岡国際、東京、3月1日のびわ湖毎日の日本勢上位3人と、2月の別大毎日の日本人トップ(門田浩樹=カネボウ)が選考対象。日本陸連が設定した2時間6分30秒に到達した選手やナショナルチームのメンバーが優先される。世界選手権で8位以内に入った日本人最上位は16年リオデジャネイロ五輪代表に決まる。