日本短距離界にスプリント王国にルーツを持つニューフェースが登場した。男子100メートル決勝でケンブリッジ飛鳥(21=日大)が10秒37で初優勝を飾った。父は世界記録保持者ウサイン・ボルトを生んだジャマイカ人。昨季はケガに苦しんだ大器が、10秒40で2位だった桐生祥秀(19)撃破にも成功した。

 雨を切り裂くように、ケンブリッジが加速した。地面を大きなストライドで力強く蹴り進み、70メートル過ぎで北京五輪400メートルリレーで銅メダルの塚原、そして桐生を捉える。スタートの反応時間は7人中最下位の0秒162。そこからぐんぐん伸び、一気に6人を差し切ってゴールした。記録は10秒37と平凡だったが、雨と寒さの悪条件。日本人初の9秒台を期待された桐生を倒したことに意味があった。「絶対に負けないという気持ちは、常に持っている」と胸を張った。

 「あまり日本人らしくない走りと言われるんです」。179センチながら、1歩の幅が大きいストライド型。天性の走りの源流は父の故郷にある。ボルトを始め、世界の短距離界に君臨するジャマイカ。旅行中だった日本人の母が、同地で父と出会い、この世に生を受けた。2歳で日本に移住し「記憶はあまりない」と言うが、王国のDNAは確かに授かっていた。

 昨年2月、ジャマイカを約20年ぶりに訪れた。世界最強の陸上クラブ「レーサーズ」の練習に1週間参加するため。ボルトは不在だったが、世界歴代2位の9秒69を持つブレークらを間近で観察した。「体格が全然違った。『細いな』と言われて」。昨冬から本格的な肉体改造に着手した。

 73キロだった体重は5キロ増。「太ももがぱつぱつ」で、ズボンなどの冬物を買い替えたほど。父の母国の英雄たちのように筋骨隆々になり、「トップスピードに入ってからの安定感が出た」。この日のレースを見れば、後半型に磨きがかかったのは明らかだった。

 その才能に期待していた日本記録保持者の伊東浩司氏は、「世代では一番日本人らしい心を持った人間」と評する。真面目で礼儀正しい好青年だという。昨季はシーズン序盤に太ももを痛め、鳴かず飛ばずに終わった。だからこそ、シーズン初戦で「勝てたのは大きい」。今季、名前の通り、飛ぶ鳥の勢いで短距離界を席巻する。【阿部健吾】

 ◆ケンブリッジ飛鳥(あすか)1993年(平5)5月31日、ジャマイカ生まれ。2歳で大阪に移住。小学校6年間はサッカーに打ち込み、ポジションは中盤の右。中学で陸上を始める。中3で東京に引っ越し、東京高から日大に進学。高3で日本ジュニア200メートル優勝、大学では12年世界ジュニア400メートルリレー銅メダル、13年東アジア大会200メートル優勝など。自己ベストは100メートル10秒21、200メートル20秒62。好きな選手はボルト。179センチ、78キロ。