もう勝負弱い姿はない。陸上男子100メートルで日本記録を持つ桐生祥秀(23=日本生命)が追い風1・5メートルの決勝を10秒10で制した。この種目の日本選手の優勝は初めて。大舞台で不本意な走りが続いていた男がアジアの頂点に立ち、世界ランキングのポイントも大きく稼いだ。今回と同じ会場で開催される世界選手権の代表入りへ大きく前進した。

誇らしげに日の丸の旗を肩にかけ両腕を広げた。日本代表として初の個人種目のタイトル。桐生は「レースの中で成長できているのかなと思う。今年は違う。1番になれてよかった」と声を弾ませた。スタートは出遅れたが、焦らないのが成長。肩が上がる悪癖を抑え、グングンと加速した。頭を突き出すようにフィニッシュしU20世界選手権王者のゾーリ(インドネシア)に0秒03競り勝った。今秋の世界選手権が開催されるスタジアムで強さを示した。自信を深めた。

日本人ただ1人の9秒台スプリンターながら、個人では大舞台で輝けていなかった。16年リオデジャネイロオリンピック(五輪)は10秒23で代表3人の中で唯一となる予選落ち。17年世界選手権、18年ジャカルタ・アジア大会は日本選手権で不発に終わり、出場はリレーだけ。昨季はタイムも最高が10秒10。9秒98を出したのはもう過去の話。輝きを失い、もがいていた。

昨秋だった。来季の取り組みを模索していた時。土江コーチに真剣なまなざしで訴えた。

「100分の1秒、1000分の1秒でも速くなるのならば、それをやりたいです」

あふれすぎる才能にまかせ、欠けていたストイックさ、緻密さを追求した。1人暮らしを始めた社会人1年目はコンビニ弁当が多かったが、自炊中心で苦手の野菜も取る。練習ではコーチが撮影した動画を細かくチェックし、動きを修正。メンタル面のトレーニングも導入。昨季より1キロ増も、体脂肪率は下がる肉体も、変わった意識の表れだ。

今後へも価値ある1勝だ。アジアのタイトルを手にし、世界ランキングにおけるポイントも大きく加算される。世界選手権の男子100メートル代表選考に関し、日本陸連は参加標準記録(10秒10)を満たした日本選手権優勝者のほか、同記録を満たした上で世界ランキング上位順に選ぶとしている。今大会前までの世界ランク22位の桐生は世界選手権の代表も大きくたぐり寄せた。今大会で得たポイントは20年東京五輪にも有効だ。明るい未来が広がった。