アクシデントがあっても、トップは譲らなかった。男子100メートルの桐生祥秀(24=日本生命)は、6年ぶりの王座奪還へ強さを示した。予選は10秒21(向かい風0・3メートル)を全体トップ通過。1時間前に雨が降った準決勝1組では、新しく形を変えたスタートでつまずきながら、10秒27(向かい風0・3メートル)の1着。多田修平、ケンブリッジ飛鳥に続く、全体の3番目の記録で、2日午後8時半からの決勝に進んだ。

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雨が染み込んだトラックだった。準決勝1組。桐生は変えたスタートで「思いっきりこけた」。体は揺らいだが、心は動じない。向かい風0・3メートルに湿った重い空気という条件に阻まれ、タイムは不発。日本選手権からスタート時の右と左の足幅を広げ、より低く出る形とした。予選は完璧に決まったが、準決勝は思わぬ形に。ただ、不完全な走りでも1着は譲らなかった。もちろん満足はできないが、「焦らずにいけた」と振り返った。

例年は6月下旬の日本選手権-。今年はコロナ禍によって、秋開催となったが、それも、桐生には“追い風”でもある。海外でも食事など環境を苦にしないが、1つ意外な“弱み”がある。雨が苦手。それを絶対に言い訳にはしないが、気圧の変化から片頭痛が出ることもしばしば。梅雨とは違う、秋の日本一決戦。準決勝の1時間前こそ一時、強雨となったが、大事な今日2日は晴れ予報。「梅雨が終わってからの試合、秋の試合は個人的には好き」。日本人初の9秒台を出した日も9月9日だった。東洋大1年時以来の制覇へ-。視界は澄み渡っている。

準決勝のスタート失敗に雨は関係なく、技術的な問題。その改善を施し、決勝へ向けては「最後の10メートルを焦らずにゴールできれば、行ける」と自信を示す。今大会は東京五輪の選考とは無関係だが、遠ざかっていた「日本選手権王者」の肩書は自信となる。決勝進出が目標の五輪へ、まずは晴れ晴れとした気持ちで今季を終える。【上田悠太】