陸上短距離の女王、福島千里(33=セイコー)が29日、現役引退を発表した。100メートル、200メートルの日本記録を持ち、08年北京から3大会連続で五輪出場。

集大成として挑んだ昨夏の東京五輪出場を逃した後、引退を決意した。長く日本の女子スプリント界を引っ張ってきたヒロインは今後、競技の普及と後進の指導にあたる。

【関連記事】福島千里、一問一答

福島は笑顔で東京都内で行われた会見に臨んだ。引退を意識したのには、ケガがあった。16年リオデジャネイロ五輪後はアキレス腱(けん)痛などで満足な練習ができず。「ここ数年はケガとともに走ってきた。やりたい練習より、やれる練習を選択することがあったのが正直なところ」と、苦しかった数年を振り返った。

最終的に決断したのは、昨年9月の全日本実業団が終わった後だった。「最後になる可能性はあると思っていたけれど、引退を決めてしまうと寂しくてレースにならなくなる。勝負に徹するために、最終決断はレース後にした」。最後まで戦う気持ちを貫いた。

迷いもあった。「自分に厳しくやってきたタイプだと思う。だから、あきらめることに対して恐怖心もあった。でも、たくさんの方々と相談して決めたので、心強さはあった」。さらに「私的にはやりきった。頑張れるところは頑張ってきたと思う。達成感ということではないけれど、解放感はあります」と笑った。

思い出のレースに「(08年)北京五輪と(15年)北京世界選手権」をあげた。「最初の五輪は、原点にもなっている。数年走ってきて世界選手権で手ごたえのあるレースができた。予選だったけれど、目指していた走りができた」と振り返った。世界大会の決勝を走ることはなかったが「あきらめず、工夫して、挑戦してきた」と胸を張った。

今後は所属するセイコーのスマイルアンバサダーとして、子供たちに自らの経験を伝える。「小学校4年生で陸上をはじめ、23年になった。夢だった五輪に3回も出られ、いろいろなことに挑戦できた。幸せな競技人生だった。記録更新の喜び、勝つ喜びを、伝えていければ。セカンドキャリアも、私らしく走っていきたい」。解放感たっぷりの笑顔で言った。【荻島弘一】

◆福島千里(ふくしま・ちさと)1988年(昭63)6月27日、北海道・幕別町生まれ。帯広南商高卒業後、北海道ハイテクAC入り。中村宏之監督の指導で頭角を現し、08年4月の織田記念国際で当時の日本記録に並ぶ11秒36をマーク。08年北京五輪では日本女子として56年ぶりとなる100メートルに出場した。11年の世界選手権大邱(韓国)大会では、100メートルと200メートルの2種目で日本人女子史上初の準決勝進出。五輪に3度、世界選手権には4度出場。17年のプロ転向を経て、18年1月にセイコー入社。自身の持つ日本記録は100メートル11秒21(10年)、200メートル22秒88(16年)。昨春、順大大学院に進学し、スポーツ医科学などを学ぶ。