<陸上:日本選手権>◇最終日◇12日◇埼玉・熊谷スポーツ文化公園陸上競技場

 女子5000メートルで、絹川愛(めぐみ、21=ミズノ)が復活優勝を成し遂げ、8月の世界選手権(韓国・大邱)出場権を手にした。2位以下に10秒以上の大差を付けて圧勝し、15分9秒96で同大会への参加標準A記録(15分14秒)を突破した。一時は原因不明のめまいで引退危機に追い込まれたが、恩師・渡辺高夫コーチとの二人三脚でよみがえった。

 完全復活を証明するロングスパートだった。4000メートル手前、先頭を行く新谷を20メートル前方に見つつ、絹川は一気に仕掛けた。余力は十分。「行けるから『行こう!』と思って」。コーナーを回ると、並ぶ間もなくかわし、逆に30メートルのリード。1人旅でゴールに駆け込んだ。「ようやく自分のスイッチがオンになった」。独特の表現で、復活をアピールした。

 標準A記録も突破し、専門外の5000メートルでまさかの世界切符を獲得した。「今まで地獄を見てきましたが、やっと天国じゃないけど地上に出てきました」。そう話す通り、1年前までは、世界など全く見えないところでもがいていた。08年に体調不良で北京五輪を断念。めまいに襲われ、真っすぐ歩くこともままならない。高3で世界選手権(1万メートル)に出場し、「天才少女」とも呼ばれた逸材が、暗闇に迷い込んだ。

 高校時代からの恩師・渡辺コーチとの日々のメニューは、厳しい練習からリハビリに変わった。腕を支えられながら歩いたり、合宿では筋肉がやせないよう砂浜を歩いた。渡辺コーチからは「気長にやりなよ」と声を掛けられ、焦らずに復活ロードを歩んできた。ようやく走れるようになったのは、昨年の秋ごろ。そこから鮮やかな上昇曲線を描き、「今までで最高の練習ができた」(渡辺コーチ)と万全の状態で臨んだ。

 高校の先輩で、北京五輪男子マラソン金メダルのワンジルさんが5月に亡くなった。絹川は今月4日のお別れ会に出席。「先輩の魂を受け継がないといけない」と決意を新たにし、臨んだレースだった。復活を果たした教え子に、渡辺コーチは「(得意の)1万メートルで秋までに31分台が出せたら、来年は1万かマラソンか」と構想を明かした。闇の中でも我を見失わなかった絹川が、これからは日本長距離界を明るく照らす。【森本隆】