落ち着いていたミックスゾーン(報道陣と選手が接する場所)がざわついた。すでに時刻は午後10時を回っていたと記憶する。「採点ミスがあって、男子(シングル)の優勝者が変わる」。関係者の言葉に耳を疑った。普段の全日本選手権ではない。06年トリノ五輪男子代表1枠の選考がかかった重要な大会。夜更けの悪夢だった。

 05年12月24日、クリスマスイブの夜。大会会場だった東京・渋谷の代々木第1体育館の外では、クリスマスソングが流れ、人々が沸き立っていた。そんな中、記者はすでに織田信成が初優勝した記事を出稿していた。表彰式で織田はトロフィーを抱え「めっちゃ重い」と満面の笑み。しかし、その1時間後に、採点ミスが発表され、2位だった高橋大輔が逆転した。

 締め切りまで時間がない。若手記者2人を取材に走らせ、パソコンの前に陣取った。デスクに状況を説明するが、お互いにパニック状態で、なかなか伝わらない。そのうち、若手記者の1人が戻り「採点ソフトのミスと協会は言っている」と報告が入った。

 しかし、コンピューターが演技を勝手に判断するわけではない。人が入力したデータを、自動的にソフトが計算する。そのソフトが壊れているなら、他の選手の数字も間違えるはずだ。都合よく織田のだけがミスとなるのはおかしい。時間がない中「そんなわけがない。もう1度、聞いてきてくれ」と押し戻した。

 問題は、同じ種類の3回転ジャンプを跳んだ数だった。規則では2回までしか跳べないが、織田は3回跳んでいた。3度目の得点は失効するはずが、それを入力する時に間違えた。入力担当者、つまり人為的ミスだった。最終的に、3度目の失効分を織田の得点から引くと、高橋が逆転。午後11時50分。高橋はたった1人で2度目の表彰式を受け、代表を確実とした。しかし「素直に喜べない」と、最後まで笑顔はなかった。(敬称略)【吉松忠弘】

ほとんどの観衆が帰った後、改めて高橋の優勝表彰式が行われた
ほとんどの観衆が帰った後、改めて高橋の優勝表彰式が行われた