「人生とは時間をかけて私を愛する旅」

なんとも心に突き刺さるフジコ・ヘミングさんの言葉が印象的な「フジコ・ヘミングの時間」という映画について以前コラムを書いて、とてもうれしいことが起こった。このドキュメンタリー映画を作成した映像監督で演出家の小松莊一良さんから連絡をいただいたのだ。ミュージックビデオなども手がけている方だ。

コラムを読んで、フジコさんに見せていただいたという話だった。ファクスでパリに送ってくださったと。そしたら、フジコさんが大変喜び、日本に来た際にこの記事が載っている紙面を探したそうだ。このコラムは残念ながらウェブのみの掲載なのだが、そこまでしていただいたことを私は心から喜んだ。

この映画は、現在も世界中で1年に50回ほどコンサートを行う世界的ピアニスト、フジコさんのドキュメンタリーだ。1年の半分はパリで過ごし、アメリカやドイツ、日本にも自宅を持ち、大好きな猫と過ごす日々が描かれているのだ。3日も弾かないと感覚が鈍るといい、80代の今もなお毎日練習を欠かさないという。

もちろんクラシックを弾く。私はドビュッシーの「月の光」も大好きだし、リストの「ラ・カンパネラ」は代表作の1つで迫力がある。フジコさんといえばこのラ・カンパネラとも言える。

そんな音楽とともに、フジコさんの日々が描かれているこの映画。わたしは何回見たか分からない。あのときなんと言っていたかなとか、パリの風景を見たいなとか理由はさまざまだが、見ると癒やされるのだ。

私は、好きな映画や作品、本もそうだし音楽もそうだが、好きになる=何度も見る、聞く、というところにつながる。そうすると自然と言葉や音楽を覚えてしまうのだ。

そんな中で私が大好きな言葉がある。

「エンジェルが見ているかもしれないから」

エンジェル(天使)が自分の行動を見ていて試されているというような表現があるのだが、私自身もアスリートだったから、常にコーチから「運が味方するような行動をしろ!」と言われてきた。なんとなくリンクしたし、フジコさんがいうと柔らかい印象で「そうだよなあ」と、自然とそう思えるから不思議なものだ。

心から自然に言葉が出ているからなのかもしれない。

その自然さは、実際にコンサートに行き、目の前で演奏を見たときに改めて感じた。

「楽譜通りに弾かない」。映画の中でも言っていた。

誰でも聞いたことのあるような有名な曲なのに、その演奏で一気にタイムスリップし、その楽曲が作られた時代の情景が思い浮かぶようだった。なぜか涙が流れた。

フジコさんの指先から奏でられる音楽が、自然と会場に一体感をもたらす。

まさに表現者なんだ。心が震えた。

コンサートで心豊かになり、それだけでも十分だったが、そのあとで小松監督から「楽屋に来てください」との言葉。なんとフジコさんにお会いできることになった。

久々に緊張した。「疲れていないかな」と心配しながら楽屋に入ると、そこにフジコさんがいた。

たくさんお話をさせていただいた。フジコさんも小さいころ泳いでいたという話もしてくれた。本当に貴重な時間を過ごすことができた。

実際にお会いしたフジコさんは、「永遠の少女」という印象だった。彼女のピュアな気持ちが周囲のすべてのことに広がり、ピアノを通しても伝わるのだなと感じた。

この映画は上海国際映画祭にも出品し、その評判で中国最大の映画サイトDoubanでも高得点が付けられているそうだ。韓国、ロシア、トルクメニスタン、ベラルーシでも公開予定だという。

「人生とは時間をかけて私を愛する旅」とフジコさんがいうように、自分を大切にして、いろんなものを大切にしたい。そういう気持ちにさせてくれるフジコ・ヘミングさん、そして「フジコ・ヘミングの時間」だと思った。

フジコさん、小松莊一良さん本当にありがとうございました。

これからも応援しています。

(伊藤華英=北京、ロンドン五輪競泳代表)