「また肩から足出して」(いくよ)「腕やっちゅうねん」(くるよ)。「私たち高校時代はソフトボール部で、私はピッチャーでエース、くるよちゃんはキャッチャーでロース」。70~80年代に人気を博した女性漫才コンビ、今いくよ・くるよの持ちネタである。くるよの肥満体形を揶揄(やゆ)した自虐的なギャグに、大衆は爆笑した。

東京五輪・パラリンピックの開閉会式を統括する佐々木宏氏の「演出案」を聞いて、40年も昔のあの漫才を思い出した。タレントの渡辺直美さんの容姿に重ねて「オリンピッグ」というブタの英単語「ピッグ」を盛り込んだキャラクターを提案していた。「多様性と調和」という理念を掲げる東京大会の開閉会式責任者のアイデアとしては論外。人の容姿を面白おかしくちゃかす感性の古さに驚いた。

佐々木宏氏
佐々木宏氏

昭和の時代、容姿をネタにした笑いは受けた。浪曲漫談の玉川カルテットは低身長を嘆く「あたしゃも少し背がほしい」のギャグがお約束だったし、お笑いトリオのレツゴー三匹のじゅんは、はげ上がった額をからかわれた。しかし、平成以降、身体的・性的特徴をネタにするのは、差別やいじめを助長させるなどとして、次第に世間に許容されなくなった。

大衆の変化を象徴したのが、お笑い芸人とんねるずの「保毛尾田保毛男」。80~90年代に流行したこの同性愛の男性キャラクターを、17年に約30年ぶりにテレビ番組で復活させたところ、「ゲイに対する差別だ」と抗議が殺到。フジテレビの社長が会見で謝罪し、とんねるずも公式ページでおわびする騒動になった。差別に対する世間の目は、作り手の想像以上に厳しかった。

佐々木氏はソフトバンクの「白戸家シリーズ」やサントリー「BOSS」の「宇宙人ジョーンズ」など人気CMを多数手掛けている日本を代表するクリエーター。大衆を驚かせ、面白がらせる斬新なアイデアは、常識を超えた発想から生まれる。問題の演出案も、そんな冒険心から浮かんできたのかもしれないが、今の時代はブラックユーモアも慎重さと良識が必要とされる。

今回の演出案は演出関係者のLINEグループに書き込んだもので、公式な場での提案ではないし、周囲に反対されて取り下げてもいる。以前は内々で終わったことを、ネット社会は公にして辞任にまで追い込む。ずいぶんと窮屈で怖い社会になったものだとも思うが、今は差別の線引きが昭和の時代とはまったく違うのだということを心するほかない。【首藤正徳】