だからオリンピック(五輪)は分からない。競泳男子400メートル個人メドレーで今季世界ランク1位で金メダル候補の瀬戸大也が予選落ちした。3種目めの平泳ぎで2番手に体一つ分の差をつけてトップに立っていたが、最後の自由形でまさかの失速。全体9位に沈んだ。「五輪には魔物がいる」と言われるが、この結末は予想していなかった。

調子は良かったという。「明日(決勝で)しっかり上がるように泳げばいいやという感じだった。めちゃくちゃ間違えた」は試合後の本人の弁。好調ゆえに、後続に大差をつけたことで、わずかな気の緩みが生じ、余計な皮算用を始めたようだ。待っていた絶好球がきたときに、打つより先に打球の球筋を脳中に描いて凡打する強打者の心境とも重なる。

「何やってんだよ」。テレビの前で思わずこぼれそうになった言葉を飲み込んだ。五輪は一生に1度あるかないかの夢舞台。大ベテランでも足が震え、心が乱れる。平常心で100%の力を発揮できる選手はほんの一握りなのだ。その重圧は凡人には計り知れない。金メダル候補として注目される選手はなおさらだ。

92年バルセロナ五輪で金メダル確実と言われた男子棒高跳びの“鳥人”セルゲイ・ブブカが、3度のジャンプをすべて失敗して何度も首をひねる姿は、今でも目に焼き付いている。同じ大会で世界選手権3度優勝を誇る柔道95キロ超級の小川直也が決勝でまさかの敗戦を喫した後、「魔物っていうのかな」とつぶやいた斉藤仁コーチの言葉も思い出した。

五輪は選ばれし者たちが集う祭典だが、一方で人間の強さと弱さをストレートに露呈させる。超人たちが垣間見せるそんな生身の人間ドラマが人を引きつける。瀬戸には200メートルバタフライと200メートル個人メドレーが残っている。人生には災いが福と転じることが山ほどあるし、ポカもあればミラクルもあるのが五輪。大失敗で心は引き締まり、頭を冷やした。君の本番はこれからだ。【首藤正徳】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「スポーツ百景」)

決勝進出を逃した瀬戸大也(2021年7月24日撮影)
決勝進出を逃した瀬戸大也(2021年7月24日撮影)