プロボクシング5階級制覇王者ノニト・ドネア(フィリピン)が、現役続行を表明した。6月に井上尚弥との3団体バンタム級王座統一戦に2回TKO負け。39歳という年齢と、試合後、リング上で観客に深々と頭を下げる姿に「これが最後の勇姿だろう」と思っていたので意外だった。

つくづくボクシングは依存性の高いスポーツなのだと感じた。

世界ヘビー級王者のムハマド・アリ(米国)や、4階級制覇王者ロベルト・デュラン(パナマ)ら、全盛期をはるかに過ぎても戦い続ける名王者は多い。幾多の栄光に浴し、巨万の富を築いてなお、過酷なリングから下りようとしないのだ。90年代に絶大な人気を博した辰吉丈一郎は、52歳になった今も復帰を目指してジムワークを続けている。

1度引退して復帰する選手も、野球やサッカーなど他のプロ競技と比べて圧倒的に多い。80年代に中量級で5階級制覇したシュガー・レイ・レナード(米国)は、いったい何度引退と復帰を繰り返したのか、もはや思い出せない。ドネアが新たな標的に挙げたWBO世界スーパーフライ級王者の井岡一翔も、17年に1度引退している。

ボクサーは試合中、アドレナリンが大量に分泌されて、一種の興奮状態になる。かつてドネアが「(試合中は)感情のジェットコースター」と語ったインタビューを読んだ記憶がある。骨身を削るような練習と減量に耐えて、華やかなリングで脚光を浴び、大勝負に挑む。そこで栄光と称賛を独り占めしたときの快感とは忘れられないという。それはギャンブルにも似ているのかもしれない。

10年のブランクを経て現役復帰した元世界ヘビー級王者ジョージ・フォアマン(米国)は、94年11月にWBA、IBF世界ヘビー級王者マイケル・モーラー(同)を右ストレート1発で10回逆転KOに下して、45歳9カ月の史上最年長(当時)で実に20年ぶりに世界の頂点に立った。まるで時代が逆転したような、こんな大どんでん返しが起きるのもボクシングの魅力。

ドネアだって井上も恐れた一撃必殺の左フックで、時間を巻き戻す可能性はある。だからボクシングを、やめられないのかもしれない。【首藤正徳】