羽根田は滞在先、スロバキアの自宅アパートの間取りを一生懸命に書いていた。完成したイラストを見て笑った。「父親が設計事務所を経営しているのに、息子の僕がこんな下手なイラスト書いて…、父親の仕事に悪い影響が出ちゃいますね」。ふとしたところに家族への思いがのぞく。

 羽根田が父とかわした「メダルの約束」。有名な話だ。今夏のリオデジャネイロ五輪カヌースラローム、男子カナディアンシングルで日本人としてはじめてメダルを獲得した銅メダル羽根田卓也(29=ミキハウス)は、父邦彦さんと約束をしている。愛知・杜若(とじゃく)高3年の夏、遠征先のチェコで父に手紙を書いた。「高校卒業後は欧州に行かせてほしい」。そして、「必ず(メダルを)首にかけます」とも書いてあった。「あれはうれしかったな」と邦彦さんは当時を振り返った。


銅メダルを獲得し、笑顔の羽根田卓也=2016年8月9日
銅メダルを獲得し、笑顔の羽根田卓也=2016年8月9日

●メディア対応の銅メダル首かけ


 カヌー競技が羽根田の快挙で一躍、日本中から注目されるようになった。イケメンの羽根田はメダル決定の瞬間、カヌーの上で男泣き。高校卒業と同時に海外に飛び出した若者の決断と、それを10年も支えてきた父親との約束。このサイドストーリーに、多くの国民は心を揺さぶられた。

 晴れて羽根田がアジア人初のメダルを獲得したことで、この話は完結しているが、親子のデリケートな感情というのは、そう簡単に終幕といかないところに奥深さを感じる。

 8月19日夜、中部国際空港に羽根田は帰国する。到着ゲートを出ると、邦彦さんが待ち構えていた。2人は笑いながら、息子は父の首にメダルをかけた。これはメディア対応として、空港側とメディアが段取りした一場面だった。空港内の混乱を最小限に抑えるための必要な措置だったが、カメラの放列の中では、親子の感情もまた、よそいきだった。

 羽根田 「僕はもっと静かなところで、落ち着いた雰囲気の中で父にメダルをかけることをイメージしていました。実家に戻って、家の中が普段の様子になったら、僕が父親の部屋か、居間で首からかけてあげるのかなあって、ずっとそう想像していました」

 ”セレモニー”を終えた親子は、空港から豊田市の自宅まで車で移動した。車内ではすっかり落ち着きを取り戻していた。羽根田は特に話もせず車窓からの景色を見ていた。同乗していた父とも特に会話はなかったという。「だいたいそんな感じですよ。男ばっかりで、帰ったら最初にちょっと会話して、あとは普通です。そんなに改まって話したりしない。多分、どこの家族もそんなものじゃないですか」。

 10年かけて果たした約束だ。もっと弾む会話でもあったのかと単純に想像していたが、羽根田親子は淡々と日常の生活リズムへ順応していった。

 この「銅メダル首かけ問題」で、2人は特別に話しをしていないという。ただ、息子が思い描いていた場面を知ると、父も若干照れくさそうな顔で言った。

 邦彦さん 「空港でのあれは、取材用です。息子との約束とはちょっと違う。だから私はずっと待ってるんです。いつ息子から言ってくるかって。私からは言わない。もう意地です。いつ(息子から)言ってくるか、楽しみにもしてますし、我慢くらべですね」


●いつしか家族だけの時間の中で


 羽根田のメダルへの挑戦は、競技としての結果は出た。だが、親子の物語としては肝心のクライマックスはまだ先にありそうだ。邦彦さんは腰をすえてじっくり待つ。長期戦の様相だが、羽根田は完全にタイミングを逸した感がある。「もういいです」。羽根田の言葉に投げやりな様子は一切ない。でも、この件に関しては打開策を見いだせないでいるようだ。そこには29歳の息子の気恥ずかしさも感じられる。

 羽根田はすっかり全国区になった。積極的にテレビに出演し、コメント力とさわやかなイケメンで人気は右肩上がりだ。飛ぶ鳥を落とす勢いだが、そんな羽根田も、父と面と向かって感謝を伝えるのはバツが悪いようだ。いつしか、家族だけの時間の中で、羽根田が邦彦さんの首にさりげなく銅メダルをかける瞬間が実現することを待ちたい。その時、2人は何を考えるのか、是非聞いてみたい。【井上真】

 ◆井上真(いのうえ・まこと)東京都出身、1990年入社。プロ野球、格闘技、相撲、サッカー、五輪スポーツを担当。