元日から家族が立て続けに高熱を出してダウン、高円寺駅に直結しているビジネスホテルで逆隔離された。出歩く気にもならず、正月らしいことを何もせずに過ごした。

 初詣に行かなかったのは何年ぶりだろう…ぼんやり考えていると、巨人監督を長く務めた原辰徳氏(58)の「正月の思い出」が頭を巡っていた。原家は毎年、神奈川県の大山阿夫利神社に初詣していた。14年に死去した父の貢氏は必ず専門店に立ち寄り、木刀を買って帰った。

 一口に木刀と言っても、何の木を使うかによって値段はさまざまで奥が深い。樫やツバキはオーソドックスだが、国内ではほとんど手に入らない黒檀(こくたん)や、堅いイスノキの芯材で作る「スヌケ」の木刀となると、1本数万円はする。中でも本枇杷の木刀は希少価値があり、10万円を超える逸品もある。

 貢氏は決まって枇杷の1本を手にした。辰徳少年は「樫よりも、うんと値段が高い。使うわけじゃないのに」と不思議に思い、「どうして?」と尋ねた。「枇杷の木刀は、他のものよりうんと堅くて丈夫なのだ。万が一で何かあったときに、これでお前たちを守るのだ」と言われた。

 「オヤジは命がけで家族を守ろうとした。覚悟があったから、言葉に迫力があった」。倣って買い続けた。「オレにはもう必要ない」と自信を持てたのは、五十路を迎えるころだった。

 もう1つの恒例行事として、ダルマの目入れがあった。「毎年、でっかいダルマを買ってきて家に飾る。勝負の世界に身を置く人だったから、縁起物だよね。目入れは、なぜか幼いころからオレの仕事。『辰徳がやりなさい』って。何でオレだったんだろうね…」。

 巨人の監督時代、シーズン前に高崎の職人が東京ドームを訪れ、大きなダルマを差し入れしていた。もちろん原氏が毛筆を持つわけだが、職人が「うまいなぁ。普通、あんなきれいに書けないんだけど」とほれぼれするまん丸を一気したためていた。「昔から慣れてるんですよ」と、照れくさそうに話していた。

 父は何も考えていなかったかも知れないし、何かを伝えたかったのかも知れない。ただ息子には感慨として残り、年を経るごとに染み入り、感謝へと変わっていった。何の気なしの初詣も、そんな意味があると思えば違った趣が生まれる。家族が回復したら妙法寺にでも行こう。【宮下敬至】

 ◆宮下敬至(みやした・たかし)99年入社。04年の秋から野球部。担当歴は横浜(現DeNA)-巨人-楽天-巨人。16年から遊軍。