毎日熱戦が繰り広げられている高校野球のニュースを見ながら、空手の形で世界選手権2連覇中の清水希容(きよう、23=ミキハウス)に聞いて驚かされたエピソードを思い出した。

 東大阪大敬愛高3年だった2011年夏。8月2日に全国高校総体を初めて制した約1週間後、清水は甲子園のアルプススタンドにいた。3万人を超える観衆の中で、チアリーダーとして声をからしていたのだ。その年、現在巨人でプレーする石川慎吾外野手(24)らを擁し、甲子園に初出場した東大阪大柏原。男子校の姉妹校を応援すべく、東大阪大敬愛の運動部を中心に、女子がチアリーダーとして集められたのだという。

 清水は「野球、全然詳しくないんです」と言いながら「服装はTシャツだったんですが、『髪も短い私たちで本当にいいのかな…』と思っていました」と笑って当時を思い返していた。空手界は昨夏に20年東京五輪追加種目入りが決まり、置かれた環境が一変した。清水も「空手界の綾瀬はるか」と呼ばれ、注目度が急上昇している。おそらく今夏、空手のインターハイ女王が甲子園でチアリーダーを務めているようなことがあれば、テレビや新聞のひとネタになるだろう。個人的に6年前の清水がどこか気になってしまうのは「甲子園でも声、すごく通ったんだろうな~」と考えを巡らせるからだ。


7月17日、空手の近畿選手権での演武で大きな声を出す清水希容(撮影・松本航)
7月17日、空手の近畿選手権での演武で大きな声を出す清水希容(撮影・松本航)

■見る者の背筋が伸びる張りある声


 今年5月。20年東京五輪に向けての特集で、インタビューを受けてもらった。約1時間の話の中で「私、『(インターネットの)動画で見るのと(生の)試合が全然違うね』とよく言われるんです」と教えてくれた。関西での出場大会に数回足を運ぶと、その通りに感じる。

 「赤、大阪府、清水選手」

 試合直前のアナウンスに、どの選手も「はいっ!」と大きな返事をする。

 清水の場合、その声に、見ているこちらの背筋がピンと伸びるほどだ。演武が始まると、胴着の「パシッ、パシッ」という歯切れの良い音が会場に響き、目で追うのがやっとの速さで、突きや蹴りが繰り出される。そこに、節目節目で発される野太い叫び声。世界トップの選手が、地域の大会で圧倒するのは当然かもしれないが「(他の選手と)何かが違う」というのが空手未経験の私の感想だった。

 その「何か」を見極めるのが難しい。形は演武の練度、正確さ、緩急、その他の諸要素を総合的に競う。その全てでレベルが高いのは確かだ。形は内容によって基準点から加点、減点されて判定が下るが、そこにフィギュアスケートにおけるジャンプの基礎点のような明確な指標がない。例えば優勝した清水の演武を見て「あの部分で2位の選手を上回った」と分析できなければ記者失格なのだが、「空手経験者以外で、すぐに見分けられる人はいないでしょう…」と心の中で弱音を吐いてしまう。

 清水もそこを理解する。

 「初めて形を見た人は『すごいスピードだね』『空気が切れる感じがすごい』と言ってくださる。私たちは見慣れているので『今のは遅い』『この動きはダメだろう』と先入観が働くんですが、自分が大事にするのは表現なんです。雰囲気で感じ取ってほしいんですよね。だから生で見ていただくと伝わるんです。だから私たちから、できるだけそういう場を増やしていきたいです。いろいろなところで演武したりして…」

 空手の会場で刻まれた第一印象は、清水や他の参加者、運営側から受けた丁寧な対応。清水は報道陣を見つけるや「わざわざ取材に来ていただいて、ありがとうございます。今日、他のお仕事は大丈夫なんですか?」と笑顔で駆け寄り、小さな子どもには目線を同じ高さにして、丁寧にサインをしたためる。トップ選手のその姿こそが、空手界の財産だと本気で思う。


3月31日の巨人対中日戦で始球式に登場した清水希容
3月31日の巨人対中日戦で始球式に登場した清水希容

■ルックスよりも実力や人柄に注目


 東京五輪まで7月24日であと3年になる。「多くの人に生の演武を見てもらうにはどうすれば?」「多くの人にルールを知ってもらうにはどうすれば?」。私も映像では分からない声の迫力、演武からにじむすごみを肌で感じたからこそ、協会やトップ選手らがタッグを組んでの仕掛けを期待したくなる。競技の一番の理解者である選手の「分かりやすい競技解説」ひとつでも、沖縄発祥の伝統武道は多くのファンを引きつけると思う。

 ポーランドを舞台に7月20日から11日間、ワールドゲームズが行われる。<1>五輪非採用種目<2>世界4大陸40カ国以上に協会あり<3>3回以上の世界選手権等を開催。その条件を満たした公式27競技、公開4競技のトップアスリートが、4年に1度の舞台に挑む。

 初優勝を目指す清水も春先から「五輪に近い大会。五輪をイメージして、経験できるのは大きいこと」と意識してきた。そして「日本が勝たないで負けてしまうと(五輪追加種目決定から続く)日本の勢いが無くなってしまう」と強い自覚を持っていた。ルックスに偏りがちだった世間の注目。それを確かな実力や親しみのある人柄に向ける、転換期を迎えている気がする。【松本航】


 ◆松本航(まつもと・わたる)1991年(平3)3月17日、兵庫・宝塚市生まれ。兵庫・武庫荘総合高、大体大とラグビーに熱中。13年10月に大阪本社へ入社し、プロ野球阪神担当となり、15年11月から西日本の五輪競技を担当。