ハンドボール元日本代表の宮崎大輔(40)が、東京を本拠地とする新チーム「アースフレンズ」の選手兼任監督に就任した。

日本代表のエースとして長年活躍してきた名選手。母校の日体大に再入学し、今春卒業。選手として日本リーグ(JHL)復帰を目指していたが、その後の進路は決まっていなかった。

新たな所属先となったのが、バスケットボールBリーグ2部(B2)アースフレンズ東京Zと同じ会社が運営する新チームだ。日本リーグ加入を目指してこのたび発足。運営会社の山野勝行代表は高校時代にハンドボール部に所属し、観戦者としては日本リーグ会場に何度も足を運んできた。ベンチャー企業として手掛けてきたバスケットボールクラブの経営が軌道に乗ってきたことから、「第2創業構想」の一環としてハンドボールチームを設立した。

新チーム立ち上げに向けて動き始めていた山野代表が、最初に宮崎と話す機会を持ったのは今年に入ってから。バスケットボールクラブと同じ運営会社がハンドボールクラブも手掛けるという前例のない構想に、宮崎は当初、現実感を持てなかったという。それでも何度か説明を受ける中で「この話、山野さんは本気で言っているんだなと伝わってきた」。笑みを浮かべて振り返る。

宮崎は当初、日本リーグの既存チームへの入団を目指していた。しかし昨年6月に手術した右肩はいまだ回復途上で、トライアウトすら受けることができず、「現役引退かなという考えも少しよぎった」と明かす。苦悩の中でも前を向く支えとなったのが山野代表の言葉で、「『一緒にハンドボールをしよう』と言っていただき、今回の決断に至った」。新規チームのプレーイング・マネジャーとして、新たな挑戦に踏み出した。

昨秋に起きた逮捕騒動の影響で、宮崎に対する世間の声は今も厳しいものが少なくない。そうした中にあっても、クラブは選手兼任監督というポストを用意して宮崎を迎え入れた。日本リーグの初代代表理事に就任した葦原一正氏は、「もちろん本人も反省すべき点はあるだろうが、最終的に不起訴であり、罪を犯したわけではない」と強調。世間から誤解を受けるような行動はもうあってはならないとくぎを刺した上で、「彼はハンドボール界の立役者であり、至宝。少年少女たちの憧れの存在であってもらいたい」と期待を寄せる。

クラブ側としても、昨秋の騒動について事実関係を精査した上で、宮崎にオファーを出した。不起訴で終結したとはいえ、世の中を騒がせたイメージはつきまとう。それでも山野代表は、「人間なら誰しも失敗はある。けれど、そこからどう立ち直っていくかが大事」と再チャレンジの重要性を口にする。

チームは、まずは日本リーグ入りを目標に、下部のチャレンジ・ディビジョンで秋からのシーズンに臨む。指揮を執る40歳の宮崎は、選手としては右肩のけがからの再起を図り、日本リーグのコートに立つことを目指す。

道のりは決して平たんではない。それでも山野代表の信念は揺るがない。「宮崎大輔はハンドボール界の宝であり、最大の貢献者。その彼が次の夢をかなえようとする姿は、ハンドボール界だけでなく、スポーツ界や社会全般に、元気やエネルギーを与えるはず。そのストーリーを形にしたい。それが、今回の決断に至った最大の理由」と力を込めた。

大きな期待を背負い、さまざまな思いを胸に、宮崎は新たなスタートラインに立つ。本紙の単独取材の最後、40歳のプレーイング・マネジャーは「あきらめずに挑戦し続ける」と決意表明。ホワイトボードに力強く「チャレンジャー」と心境を書き示した。【奥岡幹浩】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)

設立されたハンドボールチーム「アースフレンズ」の入団会見に臨みGWC山野社長(左)とタッチをかわす宮崎監督兼選手(2021年6月6日撮影)
設立されたハンドボールチーム「アースフレンズ」の入団会見に臨みGWC山野社長(左)とタッチをかわす宮崎監督兼選手(2021年6月6日撮影)