歴史的な瞬間とは、得てしてその時は、気付かないものなのかもしれない。

大相撲で数々の記録を打ち立てた元横綱白鵬(36=現間垣親方)が、10年前、1人の若い衆と握手している写真が、私のパソコンの中に眠っていた。まだ、ざんばら髪のその若い衆こそ、白鵬最後の取組相手であり、一人横綱の座を譲った照ノ富士(29=伊勢ケ浜)だった。当時のしこ名は若三勝で、白鵬が年寄名跡を受け継ぐことになる間垣部屋所属。白鵬とほぼ同じ、191センチの立派な体格だった。

この写真は、2人が初めて胸を合わせた後に撮影した、貴重な1枚だった。旭天鵬ら当時の大島部屋勢とともに、若三勝は白鵬の宮城野部屋に出稽古に来ていた。当時は八百長問題の真っただ中で、相撲界全体がピリピリとした雰囲気だった。稽古の様子は報道陣に非公開。だが勘の鋭い白鵬が、何かを感じたのかもしれない。上機嫌で自ら「一緒に写真を撮ろう」と、若三勝を呼び止め、わざわざ報道陣の前で記念撮影。すでに優勝18回で、一人横綱として君臨していた白鵬に手を差し出されると、まだ番付にしこ名も載っていない、前相撲の若三勝は恐縮しながら握り返していた。

現役力士の頂点にいる横綱と、正反対の位置にいる前相撲の若い衆。そんな2人が10年後、運命的に人生を交錯させていくなど、その時は知るはずもない。ただ、この写真が撮影されたのは2011年3月10日。モンゴル出身の2人が、その後、ともに国籍を移すことになる日本にとって、運命的な1日となる東日本大震災の前日だった。心に傷を負った多くの日本人に、少しでも元気や勇気を与えたい思いは2人に共通。横綱として、その役割をバトンタッチする未来を、暗示しているようにも見えた。

一般的に「大横綱」と呼ばれる、優勝20回以上の横綱は、入れ替わるように現れるのが近年の流れだ。北の湖と千代の富士、千代の富士と貴乃花、貴乃花と朝青龍、朝青龍と白鵬。打ち破って世代交代を印象づけた例もあれば、ケガなどにより引退した例もあるが、共存した期間は長くない。白鵬から後を託された照ノ富士は現在優勝5回。歴史的瞬間に立ち会えた1人としては「大横綱」へと上り詰める日を、期待せずにはいられない。【高田文太】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)

名古屋場所千秋楽 立ち合い前にお互いをにらみあう白鵬(左)と照ノ富士(2021年7月18日撮影)
名古屋場所千秋楽 立ち合い前にお互いをにらみあう白鵬(左)と照ノ富士(2021年7月18日撮影)
名古屋場所千秋楽 白鵬(右)へ張り手を見舞う照ノ富士(2021年7月18日撮影)
名古屋場所千秋楽 白鵬(右)へ張り手を見舞う照ノ富士(2021年7月18日撮影)