PGAツアーのコーチたちに松山の評価を聞くと「並外れたショット力」「精神的に強い」などの答えが多く返ってくるが、もう1点「非常に長く練習をする選手」という印象を口にするコーチが多い。


●居残りしていた意外な選手


 その松山英樹がPGAツアー5勝目を挙げたWGCブリヂストン招待。練習日にもっとも遅くまで練習場にいたのは47歳になるベテランのフィル・ミケルソンだった。

 年に数回PGAツアーを取材に訪れるが、ミケルソンは練習時間が長いという印象はこれまでなかった。いつもサラッと確認だけを行っている印象だったので、「やっぱりベテランはあまり練習せず早く帰るんだな」などと思っていた。


ミケルソン(右)とコーチのゲットソン氏
ミケルソン(右)とコーチのゲットソン氏

 日米問わず、ツアーに参戦して間もない若い選手ほど練習場に長くいる傾向がある。反復練習が足りていない事もあるし、漠然とした不安を打ち消すためにひたすらに球を打ち込むという事もある。コーチングの観点からすると前者は問題ないが、後者はあまりよくない。理由は簡単で、どれだけ練習をしても、不安は消えることはないからだ(むしろ増幅する事さえある)。ベテラン選手はそれを知っているので、不安がある時は練習をする前にコーチに相談をする。

 ミケルソンはどちらにも当てはまらないだろう。言うまでもなく、これまで数えきれないほどの球数を打ってきただろうし、アンドリュー・ゲットソンという信頼を寄せるコーチがいる。


●ミケルソンの練習メニュー


 ミケルソンとゲットソンの2人を練習場で見かけたのは練習日のことだったが、ショット練習の7割ほどをドライバーに費やしていた。計測をしたり道具を使って動きを矯正するのではなく、ティーショットと同じルーティンと力感でドライバーショットを繰り返す。数球打つと2人で短いやり取りを行い、また球を打つ。特に上半身の動きが気にしていて、自分のイメージと実際の身体の動きのズレを補正しているようだった。

 このショット練習の前には、練習ラウンドを行いさらにパッティンググリーンでも長く球を転がしていた。出場試合を絞っているとはいえ、シーズン終盤で疲労が蓄積してくる時期にこういった調整を行えるのはさすがだ。ちなみにその週は、最終日に「67」を記録している。


ミケルソンの長い棒を打つ練習
ミケルソンの長い棒を打つ練習

●変えるミケルソンと、変えない松山


 ショット練習の前に練習グリーンで行っていたのは、ボールではなく長い棒を打つ練習だった。主に練習場などでアドレスの方向性を確認するのに使う、細く真っすぐなスティックだ。

スティックの先がカップの中心を指すように置き、3回続けて打つ。真っすぐに芯でインパクトできないと、スティックはカップの中心を外れる。

 その次は、カップを中心にボールを円状に並べ連続してパッティングを行っていた。

さらに翌日のラウンド後には、方向性を確認するシートやミラーを使ってストロークを繰り返していた。

 一見迷いがあるように見えるが、ミケルソンが行っていた練習メニューはすべてチェックする部分が異なる。目的が明確だからこそ、多くの練習法を取り入れることができるのだ。


松山の片手打ちパッティング練習の様子
松山の片手打ちパッティング練習の様子

 一方この試合で優勝した松山は、いつもと同じ練習を繰り返していた。スタートの2時間前に会場入りし、パッティング、ショット、アプローチ、そして最後にまたパッティングをしてスタートする。

 練習する順番も長さも、どの試合であっても大きく変わることはない。ショットの練習も、まず片手打ちから始め、両手に移行して徐々に番手を上げていくという流れも同じだ。

 このように練習をルーティン化する事のメリットは、その時の調子を把握しやすいことにある。いつもと同じ事をやっていても、違う球筋や出たことのないミスが続けば、その原因が発見しやすいのだ。


●アマチュアが見習うのは松山タイプ


 アマチュアにもラウンド前には、松山と同じような練習方法をおすすめしたい。

 まずあらかじめ練習方法を決めておく。1カゴ25球のうち、どの番手で何球をどのように打つかだ。たとえ思い通りの球が打てなくてもそのルールは変えないほうがいいだろう。出だしのウェッジでシャンクが出てしまっても、それを払しょくするため1カゴ費やしたところで、解決するのは難しい。

 「今日はシャンクが出るな」程度に思っておけば、ラウンド中のダメージも少なくて済む。

最後に、ラウンド前の練習を勧めると「やってもやらなくても変わらないよ」という人がたまにいる。

 そうではなく「やらないから変わらない」のだ。騙されたと思って、少し早めにコース行って練習をしてみてほしい。たとえ騙されていたとしても、早朝からゆったりクラブを振るのは、そんなに悪いものではないと思う。


 ◆吉田洋一郎(よしだ・ひろいちろう)北海道苫小牧市出身。シングルプレーヤー養成に特化したゴルフスイングコンサルタント。メジャータイトル21勝に貢献した世界NO・1コーチ、デビッド・レッドベター氏を日本へ2度招請し、レッスンメソッドを直接学ぶ。ゴルフ先進国アメリカにて米PGAツアー選手を指導する50人以上のゴルフインストラクターから心技体における最新理論を学び研究活動を行っている。早大スポーツ学術院で最新科学機器を用いた共同研究も。監修した書籍「ゴルフのきほん」(西東社)は3万部のロングセラー。オフィシャルブログ http://hiroichiro.com/blog/


(ニッカンスポーツ・コム/ゴルフコラム「ゴルフスイングコンサルタント吉田洋一郎の日本人は知らない米PGAツアーティーチングの世界」)