今季、メジャー2戦目の全米オープンはブルックス・ケプカ(28=米国)の優勝で幕を閉じた。舞台となったシネッコク・ヒルズGCのグリーンは硬く締められ、超高難度のセッティングだった。優勝スコアは全米オープン5大会ぶりとなるオーバーパー(1オーバー)である。そんな難易度の高いグリーンで3日目、事件は起きた。


●2打罰にも「ルールを戦略的に使った」とコメント


キャリアグランドスラムを目指すフィル・ミケルソン(48=米国)が13番で、自らパットしたボールが止まりきらないうちにボールを打ち、2打罰を受けたのだ。ホールアウト後、ミケルソンは自身の行為が故意だったことを認め、「ルールを戦略的に使っただけ」とコメントした。


全米オープン第3日、ファンに応えるミケルソン(ロイター)
全米オープン第3日、ファンに応えるミケルソン(ロイター)

全米オープンはコース設定に関し独特のレギュレーションがあり、優勝者がイーブンパーになるようにセッティングされるとも言われている。

そんな中で今大会のグリーンも硬く速い状態にセッティングされた上に風の影響もあり、下りのラインでは「少し触っただけ」のタッチでも、カップを数メートルもオーバーするシーンがたびたび見られた。

件のミケルソンのパッティングも、そうだった。5打目の下りのライン、ボールがカップの右を通り過ぎると、減速することなくグリーンに隣接したガードバンカーに向かっていった。そしてミケルソンは6打目をバンカーから打つのを避けるために、自らのパッティングでまだ動いているボールを打ち返したのだ。

現地では、批判的な意見が多く出ており、「先週末は怒りとフラストレーションが頂点に達していた。申し訳ない」とミケルソン本人も謝罪のコメントを行った。

今回のミケルソンの行為はUSGAのコースセッティングへの怒りや、思い通りにプレーできないフラストレーションによって、あのような「抗議行動」として出たものかもしれない。しかしミケルソンのコーチ遍歴を見ていると、本人が当初語っていたようにルールを理解したうえできちんと思考した中での決断だったのではないかと思わずにはいられない。

感覚派として認識されているミケルソンだが、非常に合理的な側面も持つのがフィル・ミケルソンという選手だ。これまでのキャリアで5人のコーチに師事しているが、その時々でもっとも自分が求めるものを見極め、コーチを選んできている。


●足りない部分をコーチで補完


ミケルソンは右利きであるにも関わらず、右打ちの父親のスウィングを対面で見ながら振ったから左打ちになった、というエピソードは有名で、彼の最初のコーチは父親という事になる。

プロ入り後、コーチを務めたのはリック・スミスだ。スミスはかつてジャック・ニクラウスのスイングチェックも行っていたこともあり、レッスンに科学技術や情報処理技術が取り込まれる前の世代のコーチである。大学時代はコーチに教わることに抵抗があったというミケルソンを巧みなコミュニケーションと技術指導で見事に導き、2004年のマスターズ制覇に貢献した。

2人目のコーチはデーブ・ペルツだ。ペルツはNASAの科学者だったという異色の理論派パッティングコーチで、感覚派の代表格のようなミケルソンとは相性が悪いように思える。しかしミケルソンはあえて自分に足りなかった理論的な部分の肉付けを行うことで、自分の限界を超えようとした。この点がミケルソンが非常に合理的な選手だと言える点だ。

そしてペルツにパッティングの指導を受けた同時期には、タイガー・ウッズの元コーチ、ブッチ・ハーモンに指導を仰いだ。

このペルツやハーモンに師事する前後の時期は、タイガー・ウッズ全盛期。稀代の天才プレーヤーの上を行くために自分のウイークポイントを見つめなおし、穴埋めをするための最適なコーチを選んだのだ。

ペルツ、ハーモンとタッグを組んだのち、さらに高みを目指すためパッティングコーチのデーブ・ストックトンに師事する。ストックトンはペルツとは対照的にプレーヤーとしてメジャー2勝、PGAツアー10勝のキャリアを持つ感覚派として知られている。ペルツに学んだ理論を感覚に落とし込むために、ストックトンのプレーヤー目線のイメージを重視した指導が役に立ったはずだ。


ミケルソン(右)とゲットソン氏
ミケルソン(右)とゲットソン氏

ミケルソンが次に選んだのは、2015年から現在までコーチを務めるアンドリュー・ゲットソンだ。ゲットソンはそれまでのコーチたちが行っていた「ティーチング」ではなく、スイングのチェックをして気づきを指摘したり意見交換をする「チェッカー」としての役割を担っている。ミケルソンはキャリアも円熟期を迎え、これまでに吸収した知識や引き出しの多さはプレーヤーとして十二分なものを持っている。それをその時々の自分のスイングに落とし込んだり、最適なものを選ぶ際のアドバイス役としてゲットソンを付けているのだ。

そしてゲットソンとのコーチ契約は専属契約だ。ほとんどの試合に帯同し、ミケルソンはいつでも気になることがあればスイングの相談をすることができる。

プロゴルファーのキャリアは長い。その間に骨格や筋力は変化していく。さらにその時のキャリアに応じて、スイングに求めるものが変わっていく。

ミケルソンはその時々の課題を把握し、それに応じて的確な人材と組むことができる、稀有なプレーヤーだ。この合理的な考え方はゴルフに費やす時間の少ないアマチュアこそ参考にするべきだと思う。

今回のミケルソンの行為は否定的な意見が大半を占めるプレーだと思う。しかし、それだけで終わりにするのではなく、USGAのコースセッティングや裁定、ルールの見直しなども含めた問題提起として建設的にとらえていくべきだと思う。


◆吉田洋一郎(よしだ・ひろいちろう)北海道苫小牧市出身。シングルプレーヤー養成に特化したゴルフスイングコンサルタント。メジャータイトル21勝に貢献した世界NO・1コーチ、デビッド・レッドベター氏を日本へ2度招請し、レッスンメソッドを直接学ぶ。欧米のゴルフ先進国にて米PGAツアー選手を指導する80人以上のゴルフインストラクターから心技体における最新理論を直接学び研究活動を行っている。書籍「ロジカル・パッティング」(実業之日本社)では欧米パッティングコーチの最新メソッドを紹介している。オフィシャルブログ http://hiroichiro.com/blog/

(ニッカンスポーツ・コム/ゴルフコラム「ゴルフスイングコンサルタント吉田洋一郎の日本人は知らない米PGAツアーティーチングの世界」)