人体やゴルフクラブの動きを高度な専門機器で計測したり、分析したりする技術が発達したことによって、近年はゴルフスイングのメカニズムが科学的に解明されようとしている。また、それによって、ツアープロとしての経歴を持たないコーチだけではなく、ゴルフと関わりのなかった科学者たちがスイング分析の分野に参入し、新しいスイング理論が提唱されるようになってきた。


Gearsなどのモーションキャプチャーを用いてスイング分析を行うジェイコブス
Gearsなどのモーションキャプチャーを用いてスイング分析を行うジェイコブス

最近、欧米を中心に注目を浴びているマイケル・ジェイコブスというコーチがいる。ジェイコブスはトッププロを教えた経験がないにもかかわらず、米「ゴルフダイジェスト」誌でトップ50コーチにランクインする異色の存在だ。


■理論のみで高評価を得たコーチ


ジェイコブスは20代の頃からティーチングを始め、物理学や生体力学も学んだ。そして、機械工学を専門とするスティーブン・ネスビ教授とともにクラブにかかる力を分析する研究を行い、「ジェイコブス3D」という解析ソフトを用いてクラブの動きを物理学的に明らかにした。

今までのゴルフ界では、クラブの動きはスイングプレーンやフェースの向きといった目に見えるものをチェックする程度であり、クラブにかかる目に見えない力を明確にしたことで一躍注目を浴びた。


■クラブのフォースとトルクの研究


私がジェイコブスのスイング研究内容を初めて聞いたのは2017年。米国フロリダ州でティーチングの勉強会に参加したとき、彼が講師として招かれていた。

彼はゴルフコーチというよりは、研究者という雰囲気を漂わせた男で、勉強会でのプレゼンテーションでは、クラブにかかる力の作用に関してパワーポイントで資料を作成して発表をしていた。


さながら授業のように黒板に文字が並ぶ
さながら授業のように黒板に文字が並ぶ

彼の研究によって、スイング中のゴルフクラブにはアルファ・ベータ・ガンマの3方向に働くフォースとトルクが複雑に関係し、互いに作用し合っていることが明らかになった。その仕組みを理解するには物理学の知識も必要で、ゴルフティーチングに関わる者でも一度聞いただけではなかなか理解できるものではない。しかし、ティーチングを行う者にとって「なぜ」という理由を知るために欠かせない知識だ。

実際にジェイコブスがアマチュアにレッスンを行っているところを何度も見学させてもらったが、教えている内容は奇をてらったものはなく、非常にシンプルだ。ただ、他のコーチとの違いは説明の深さと分かりやすさだ。「なぜその現象が起き」「なぜ直す必要性があるのか」「どのように直すのか」といった説明に関して、クラブの力学を用いてロジカルに説明をしていた。

何事でもそうだが、「なぜ?」と問われて答えられないのはプロの仕事ではない。その「なぜ」を理解するために、ジェイコブスの理論は役に立っているのだ。


■スイングを3Dでイメージする


私はジェイコブスの取り組みに興味があり、何度も本拠地であるニューヨーク州のゴルフ場ロックヒル・ゴルフクラブを訪れている。ニューヨークといっても大都会ではなく、ロングアイランド島の東端にある農地や牧場が広がるのどかな町だ。そのあたりは、ニューヨークの富裕層の別荘地や近郊農業が盛んな地域として有名らしい。ジェイコブスが所属しているロックヒル・ゴルフクラブも庶民的でカジュアルなパブリックのゴルフ場だった。


マイケル・ジェイコブス(右)と筆者
マイケル・ジェイコブス(右)と筆者

しかし、そこで行っている彼の研究は最先端だ。プレーヤーの体とクラブにいくつものセンサーを取り付けて体とクラブの動きのデータを収集するモーションキャプチャーなどを用いて、日々データを分析して研究を行っているというのだから、学究肌コーチの筆頭格といってもいいだろう。

私はジェイコブスから直接指導を受け、資格認定過程をパスしてジェイコブス3D・アンバサダーとしての資格を得た。元々ゴルフバイオメカニクスの権威、ヤン・フー・クォン教授などにクラブに関する力学を学んでいたので、さほど内容は難しくは感じなかったが、学問的な基礎知識がないと理解することは難しいと感じた。アマチュアはもちろん、旧来のゴルフティーチングだけを知っているレベルでは、難しすぎて途中で投げ出したくなるレベルかもしれない。

そもそもゴルフスイングを平面上ではなく、三次元で考えることは複雑だし、そこに6種類のフォースやトルクが絡んでくれば混乱するのは容易に想像できる。

アマチュアの場合、ジェイコブスの言っていることを全部理解する必要はないだろう。クラブの動きとはこういうものなのか、というエッセンスを理解し、役に立ちそうなものを取り入れるくらいの気持ちで十分だ。まずは三次元でクラブの動きをイメージできるようにすることから始めるといいだろう。


数々の受賞歴を持つジェイコブズ
数々の受賞歴を持つジェイコブズ

先ほども触れたが、ジェイコブスはトッププロを指導したことがないし、育て上げたこともない。純粋に理論だけで評価されている新しいタイプのコーチだ。今後、計測機器の進化やAIの発達によって、より詳しくスイングのメカニズムが解明されるようになれば、第2、第3のジェイコブスが現れることだろう。ひょっとすると、今のゴルフスイングの常識がことごとく覆される新発見があるかもしれない。

(ニッカンスポーツ・コム/吉田洋一郎の「日本人は知らない米PGAツアーティーチングの世界」)

◆吉田洋一郎(よしだ・ひろいちろう)北海道苫小牧市出身。2019年度ゴルフダイジェスト・レッスン・オブ・ザ・イヤー受賞。欧米のゴルフスイング理論に精通し、トーナメント解説、ゴルフ雑誌連載、書籍・コラム執筆などの活動を行う。欧米のゴルフ先進国にて、米PGAツアー選手を指導する100人以上のゴルフインストラクターから、心技体における最新理論を直接学び研究している。著書は合計12冊。書籍「驚異の反力打法」(ゴルフダイジェスト社)では地面反力の最新メソッドを紹介している。書籍の立ち読み機能をオフィシャルブログにて紹介中→ http://hiroichiro.com/blog/