今年の米ゴルフ界の話題はなんと言っても、驚異的な肉体改造で圧倒的な飛距離を手にし、全米オープンを初制覇したブライソン・デシャンボー(27=米国)だろう。今週行われるマスターズでも米国のブックメーカーの優勝予想のオッズ(払い戻し倍率)では1位となり、オーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブをどのように攻略するのか注目が集まっている。


マスターズの練習ラウンドでショットを放つブライソン・デシャンボー(AP)
マスターズの練習ラウンドでショットを放つブライソン・デシャンボー(AP)

そして、昨年の話題は、マスターズで11年ぶりに15勝目のメジャー制覇を成し遂げたタイガー・ウッズ(44=米国)だろう。日本で行われたZOZOチャンピオンシップでもPGAツアー通算82勝目を挙げ、タイガー復活の年となった。くしくも、この2人に大きな影響を与えたコーチがいる。それは、クリス・コモだ。


■勝てるスイングを教えたクリス・コモ


コモは、腰の故障などで長く低迷していたタイガー・ウッズのコーチを2015年から約3年間務め、体に優しく飛距離の出るスイング構築を行うことで、ウッズ復活の基礎をつくった。また、デシャンボーとは2018年からコーチ契約を結び、全米オープンを含め6勝に貢献してきた。大幅な体重増による肉体改造に注目が集まるが、デシャンボーが飛距離を伸ばしたのは体を変えただけではない。地面反力を積極的に使ったスイングの改造により、飛距離を伸ばしているのだ。


コモ(左)とウッズ
コモ(左)とウッズ

コモが指導するのは、地面反力やバイオメカニクスに基づく体への負担が少ないスイングだ。これによって、ウッズは満身創痍(そうい)状態でも故障しにくく飛距離の出るスイングを手に入れた。そして、デシャンボーは地面反力を最大限活用したスイングで、飛距離を最大限に追求するスイングを手に入れたというわけだ。

コーチの立場からすると、すでに安定的して成績を出している選手や、スイングを確立している選手を指導するのは難しくない。大幅なスイング改造を行わなくていいので、スイングが狂わないように調整すれば結果が出る。しかし、これから復活を期する選手やステップアップを目指す選手の指導は、大幅なスイング改造を行う必要があるため、スイング知識や経験などコーチとしての力量が問われる。特にけがをしている選手に対しては、メディカルやフィジカルの知識も必要になる。

コモの実績で特筆すべきところは、すでに良い状態にある選手を指導するのではなく、新たにスイングを作り直す必要がある選手を成功に導いた点だ。タイガーはけがによって満身創痍でキャリアのどん底とも言える状態だったし、デシャンボーも2018年までに1勝を挙げていたものの思うように結果が出ず、今までのワンプレーンスイングに見切りをつけなければいけない時期だった。新たなスイングが必要だったウッズとデシャンボーのスイング構築を行い、見事にメジャー優勝に導いたコモ。メジャーチャンピオン2人の活躍で、コモは自らの手腕を証明したことになる。


■深い知識で2人の信頼を得る


しかし、ウッズとデシャンボーという「普通ではない選手」のコーチを引き受けるということは並大抵のことではなかったと思う。ウッズは長期的に低迷していたと言っても、ゴルフ界のスーパースターとして君臨していた選手だ。そして、デシャンボーは「変人」「狂った科学者」と言われながら自説を曲げないこだわりの強い選手。高度なスイング知識を持っているので、並大抵のコーチでは太刀打ちできない。

コモがウッズのコーチを務めていたころは、まだ無名のコーチだったため世間の風当たりも強かった。アメリカだけではなく、日本の解説者やコラムニストからも「バイオメカニクスという、よくわからない理論を振りかざす無名で実績のないコーチ」という批判を浴び、ウッズのコーチとしてふさわしいのか懐疑の目を向けられていた。当時のコモは、いつもピリピリしていて、ウッズのコーチという重圧によって多くのストレスを受けている様子だった。


コモの研究用に改造された自宅。SNSではマスターズに向けてデシャンボーのスイング調整を行う様子がアップされていた
コモの研究用に改造された自宅。SNSではマスターズに向けてデシャンボーのスイング調整を行う様子がアップされていた

そんな厳しい状況の中、コモが自分のスイング知識に相当の自信がなければ、この2人のコーチなど引き受けられないはずだ。おそらく、ウッズやデシャンボーとの間では、スイングをめぐり、相当の議論があったに違いないし、さまざまな高度な要求もあったことだろう。

そうした難問にしっかりと答え、2人を納得させることができたのは、コモがバイオメカニクスに精通し、スイング理論に関して多くの引き出しを持っていたからだ。コモがレッドベターをはじめとする多くのコーチのもとで学び、バイオメカニクスの第一人者として知られるテキサス女子大学のヤン・フー・クォン教授のもとで学んだ知識や経験があるからこそウッズやデシャンボー相手でも臆することなく渡り合えたのだ。

ウッズのコーチとして突如ゴルフ界に現れた無名のコーチは、デシャンボーのメジャー制覇によって、アメリカのみならず世界で最も注目を浴びるコーチになった。

これを「運が良かった」と言う人もいるかもしれないが、私はそう思わない。コモは、ウッズやデシャンボーという「本質を見抜ける選手」に選ばれるべくして選ばれ、2人の信頼を得た。そして、当然の結果を出し、自身の手腕を証明した。ただ、それだけのことだ。コモとは5年ほどの付き合いになるが、彼の努力を見てきた者として、うれしく思うと同時に、これからさらにゴルフ界に影響を与える仕事を成し遂げてほしいと思う。

コモは今年もデシャンボーのコーチとして、オーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブに足を運ぶ。昨年マスターズを盛り上げたウッズから、デシャンボーへグリーンジャケットを渡すシーンが現実のものとなれば、コモにとって最高の瞬間となるだろう。

(ニッカンスポーツ・コム/吉田洋一郎の「日本人は知らない米PGAツアーティーチングの世界」)

◆吉田洋一郎(よしだ・ひろいちろう)北海道苫小牧市出身。2019年度ゴルフダイジェスト・レッスン・オブ・ザ・イヤー受賞。欧米のゴルフスイング理論に精通し、トーナメント解説、ゴルフ雑誌連載、書籍・コラム執筆などの活動を行う。欧米のゴルフ先進国にて、米PGAツアー選手を指導する100人以上のゴルフインストラクターから、心技体における最新理論を直接学び研究している。著書は合計12冊。書籍「驚異の反力打法」(ゴルフダイジェスト社)では地面反力の最新メソッドを紹介している。書籍の立ち読み機能をオフィシャルブログにて紹介中→ http://hiroichiro.com/blog/