あの時、彼女は自信を失っていた。

国内女子ゴルフの下部ツアー、ECCレディース(日刊スポーツ後援)のプロアマ戦が開かれた7月3日のことだった。クラブハウスの片隅にいた香妻琴乃(26)の表情は、決して明るいものではなかった。私が、大会に向けた質問を投げかける。何を聞いても、「う~ん」と考えながら、出てくる言葉は後ろ向きなものばかりだった。

正直、困った。まだ大会が始まってもいないのに、暗い記事は書きたくない。他の選手に取材を切り替えようかとも考えたが、自信を失っているように見えたからこそ、彼女の原稿を書いてあげたいという、そんな思いがあった。

「えっと~。気持ちは良くわかるんやけど、もうちょっとポジティブな感じで、意気込みを話してもらえると助かるんだよな~」

努めて明るく、そう伝えると、彼女は苦笑いした。そして、こう口にした。

「いい姿を、見せたいんです。みなさんに」-。

遠くを見つめながら、しばらく沈黙が続く。次に絞り出す言葉を考えているようでもあり、今までの苦悩を、思い出しているかのようでもあった。

「支えてくれるスポンサーの方々ですとか、いつも応援してくれるファンがいるんで。そういう人たちのために、いつか、優勝したいですね。分かりやすい成績を出して、恩返しをしたい。そういう思いは、すごく、あるんですけどね」

七夕が近づいていた。

短冊は2枚書いた。1つは「痩せますように」。それはなるべくひと目につかないようにと、ササの葉の奥に結んだ。もう1つは「優勝して恩返しがしたい!」。心からの願いだった。

あれから、2カ月半が過ぎた。9月16日、マンシングウェア東海クラシックの最終日。愛知・新南愛知CC美浜コースのパター練習場で香妻は、松村卓キャディー(45)と抱き合いながら泣いていた。1打差2位に4人が迫る激しい優勝争い。最終組のアン・ソンジュがバーディーパットを外した瞬間に、プロ8年目でのツアー初優勝が決まった。50分前にホールアウトしていた彼女は、プレーオフに備えてパターの練習を繰り返していた。

「ずっと成績が悪くて…。ゴルフが嫌いだった時もあった。こういう日が来るとは、思ってもいなかったです。優勝する日が来たことが、うれしかった」

3歳でゴルフを始めた日から、いつも側で見守っていた父尚樹さん(54)も感極まっていた。

「苦しんでいるところを、見てきたからね。ああいう気性だから、カーッとなることもあるんですよ。知っている人は、知っているけど。そういう時は、やけ酒ですよね。こんなこと、言っていいんかな。ハイボールを、2人で20杯はいきましたよ。『ゴルフが悪くても、別に命まで取られりゃせんやろ』と言い聞かせていました。一番苦しかったんは、腰のケガかな。調子が良くないとか、そんなのは練習を続けていれば、努力さえしておれば、いつかは立ち直れる。でもケガはいくらやっても、立ち直れんかったからね」

14年秋に腰痛を発症。今年3月のTポイントレディースで再発し、棄権した。その頃がどん底だった。

七夕が終わり、夏にかけて減量をした。毎日5キロのランニングを欠かさず、大好きなラーメンとトンカツも絶った。パターに復調の気配を感じたのは、体重を4キロ落とした8月の終わりだった。

実は2カ月も口にしていなかったというトンカツを、最終日の前夜、香妻は食べていたという。思わずそれを漏らしたのは、愛娘の優勝に興奮した父だった。

「あいつ、カツが大好きで2日に1度は食べていたんです。でも昨日、カツ断ちを破りましたからね。カレー屋で、私がカツカレーを食べていたんです。それをうらやましそうに見ているから、『あげようか?』って、3切れあげたら、うまそうに食べたんですわ」

そう言うと、いつまでもうれしそうに笑っていた。

時にスポーツは残酷だと思う。努力をしていれば、いつか花は咲くと信じていても、いつまでも咲かない花もある。心が折れ、もしくはケガに見舞われて、競技を離れる選手も少なくはないだろう。だからこそ、長い冬の時期を越え、咲く花は美しい。

父と娘の絆が実を結んだ涙の初優勝-。その現場で取材をしながら、久しぶりに目頭が熱くなった。【益子浩一】(ニッカンスポーツ・コム/ゴルフコラム「ピッチマーク」)