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新弥のDAYS'
2007年08月20日更新感動の24時間
<日本チームの快挙を支えたものは?>
酷暑の中を24時間走る続けるのは容易なことではない。
世の中には思い付きでいきなり挑戦するような走り方もあるが、いくら大変そうに見えても、ただ苦しむだけでは本当の感動を得ることはできないだろう。
スポーツや冒険というのはあくまでも「勝つため」であり、「決めたことを成し遂げる」ためであり、そのために地道な努力、見えない練習を積み重ねて挑んでこそ、価値があるものだ。
スポーツや冒険はカラオケではない。
24時間走り続ける姿は、確かにそれだけでも素晴らしいが、心あるスポーツファンなら、またランナーなら、そこに至る長く苦しい道をこそしのび、その道のりにこそ、心を揺さぶられるはずだ。
お盆を過ぎてから、7月末にカナダで行われた24時間走世界選手権に出場した選手・関係者から、いろいろなメールがきた。
「2007IAU24時間走ワールド・チャレンジ」は7月28日午後2時にカナダのケベック州ドラモンドビルをスタートし、翌日の午後2時まで走り続けた「地球上で最も過酷なレース」の1つだった。
今回はアップダウンのあるきついコースで、一時は体感気温が40度を超える場面もあった。一方で激しい夕立もあり、24時間という長丁場の一瞬一瞬を集中して走り続けるのにはかなりの悪条件だったらしい。
すでに日刊スポーツ新聞を含めた一部のマスコミで報じられたとおり、今回は男子が6人、女子が5人の構成でチーム・JAPANが出場。
42・195キロの短距離? ではなかなか世界に太刀打ちできなくなった日本も、この超長距離領域では見事な走りを見せた。
結果は関家良一さんが2年連続3回目の個人優勝したほか、男子は大滝さん銅メダル、さらに鈴木さんが6位に入って団体でも3連覇という偉業を達成した。
女子も健闘し、兼平さん、能登さん、古山さんの3人で4年連続の銀メダルを獲得した。
間もなく大阪で世界陸上が始まるが、日本陸上界はその前に、この24時間走のチームを特別表彰しておくべきではないだろうか。
このチームは日本のスポーツ行政から別に大きな支援を受けているわけでも、ビッグスポンサーに恵まれているわけでもない。もちろん、テレビ番組などで喧伝(けんでん)してもらっているわけでもないが、すでに世界では大きな実績を残している。
いってみれば手作り、手弁当での挑戦であり、しかもこれほどの勝利と栄冠を勝ち取りながら、あくまでも「自分たちが、自分たちの手で(足で)続けていること」というアスリート精神を失っていない。有名になりたい、スター扱いされたいという下心もない。
この世界の世話役として活動を続けている井上明宏さん(チームリーダー)は、今回の総括として
「厳しいコースと気象条件の中、各国の多くの選手が体調を崩し、上位選手もリタイアが続出しました。日本チームも例に漏れず、稲垣さん、沖山さんなどがリタイアして病院送りになるなど壮絶でしたが、層の厚さと最後まで諦めない粘りは健在で、日本の選手の実力と、洗練されたサポート態勢などの組織力を世界に再認識させることができました」
とメールでコメントしていた。
優勝した関家さんも自分のブログ(http://plaza.rakuten.co.jp/skyrun/diary/200707280000/)で
明け方にトイレに行ったら、コーラ色になっていたのでびっくりした」
とその過酷な状況を(レース中に携帯で?)送っていたが、ベテランで、条件が悪いときほど真価を発揮するタイプの沖山さんらが途中棄権したほどの「地獄」だったらしい。
それでも男子が団体3連覇、女子がロシア(5連覇)に続いて4年連続銀メダルの結果を残したのは、チーム力といっていいだろう。
「自分も少しでも上に行きたい、早く走りたいと誰もが思っているが、日本の場合はそれだけではなく、常に『みんな一緒に苦しんでいる』という連帯感を心と体のどこかに持っている。サポートの人だけでなく、選手達が互いに助け合い、支え合っている。途中で走るのを止めた人も、コース上の仲間を心で支えている。その相互の信頼感があってこそのチーム実績だと思う」。
日本なりのチームの「風土」を築き上げてきた井上さんは、そう話していた。
ただ自分のためでなく。
絶対に途中で止めないという定評のあった女子に実力ナンバーワン稲垣寿美恵さんまでも、終盤リタイアした。
「1周で500ミリリットルを飲みきってしまうほどの暑さだった」そうで、「残り数十メートルを歩いて80周にしたかった。頑張れとサポートの人に声を掛けてもらったけれど、頑張れなくてごめんなさい」といったメールを送ってくれた。
「苦しくて、薬を飲んだり、ゲエゲエやったり、トイレに行ったり」してみたが、どうしても体力を回復できなかったらしい。
その究極の頑張り、そして彼女ほどの強者がついに力尽きる壮絶なシーンは、見ていないからこそ、さらに感じる物がある。
稲垣さんだけではないが、選手達に後で話を聞くと「誰が、どこで」を実に詳しく、もしかしたら自分以上に詳しいのではないかと思うほどよく観察し、意識し、記憶している。
悪条件や逆境、苦しみやその奥の「自分たちだけが知る悦楽」の共有感、一体感。
超長距離は、1人では走れない。
それを、日本チームは全員が理解していた。
スポーツとは、もともとそういうものだ。
ただ自分のためでなく。
ちなみに男子優勝の関家さんは(自己ベストではないが)24時間で263・6キロを走り抜いた。1時間で10キロ以上の連続。
すごいことだ。
なお100キロの世界大会が9月8日にオランダで開催される。注目したい。
井上さんによると「男女とも団体優勝の可能性をもっている」そうだ。
政治家やタレントさんなどがイベントで耐久ランに挑戦することが最近多くなった。走ることがそこまで浸透したことは素晴らしい。またその意欲も素晴らしい。
ただ、「~のようなもの」をまねるパフォーマンスと、本当に何かに懸けて汗を流す者とはおのずと異なる。スポーツはカラオケではない。せっかくのチャレンジも、なぜか逆に不快感に近いものを感じさせることが、時としてあるものだ。
それはおそらく、本当の意味での「誰のために走るのか」という部分で、見た目やうたい文句とは「逆の」大きな差異があるからだろう。そこまでの「道のり」の密度に差異があるからだろう。
その意味で、スポーツは人を裸にする。
スポーツは、ある意味でとても怖い。
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- プロフィル
- 後藤新弥(ごとう・しんや) 日刊スポーツ編集委員、61歳。ICU卒。記者時代は海外スポーツなどを担当。CS放送・朝日ニュースターでは「日刊ワイド・後藤新弥のスポーツ・online」(土曜深夜1時5分から1時間。日曜日の朝7時5分から再放送)なども。
本紙連載コラム「DAYS’」でミズノ・スポーツライター賞受賞。趣味はシー・カヤック、100メートル走など。なお、次ページにプロフィル詳細を掲載しました。
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