このページの先頭



ここから共通メニュー

共通メニュー


ホーム > スポーツ > 後藤新弥コラム「スポーツ&アドベンチャー」



後藤新弥の「スポーツ&アドベンチャー」

2006年08月15日更新

おやじ流されて…

ライン下りの名所埼玉・長瀞で身一つ飛び込んだ!!

 どどーんと波の頂点を越えた。快感だったが、谷間に落ちると頭も水没。真っ白な泡しか見えなくなった。ただ流されるのも、けっこう命懸けである。荒川上流の埼玉県長瀞へ行った。ラフティングやライン下りの名所だが、この激流をカヌーにも乗らず、身一つで下ったらどうなるだろう。田舎ではよくこんな川遊びをしたものだと、またまたマイナーな冒険を思い立った。ウエットスーツで「小滝」と呼ばれる難所から飛び込んでみた。



夏は川遊び

静水域を余裕で流れる後藤新弥
静水域を余裕で流れる。昔の川遊びを思い出した

 上流から歓声が響いてきた。体験ツアーのラフト(ゴムボート)が3艇、秩父鉄道の親鼻鉄橋の辺りから来たのだろう、断続する瀬を踊るように下ってくる。河岸で準備していると、ぐんぐん近づいてきた。

 「ここが本日のハイライト、小滝の難所。全員ホールド(つかまって)」。後席のリバーガイドの指示が聞こえた。前後200メートルは狭い岩の間を流れ落ちている。落差があるので4、5個所で大波が立ち上がり、渦を巻いている。ラフトがダバンと腹を打ち、船首を水に突っ込んだ。女性客が悲鳴を上げた。

 「頑張れ」と叫んだが必死なのだろう、振り向く者はない。この日最後のラフトだった。午後6時、川から人の気配が消えた。

 ここを流れ下るのだ。

 ☆        ☆

 2年前におやじもラフトで通ったことがある。その時「リバーガイドの資格試験では、わざと落ちて流される項目がある」と聞いた。ヘルメットにウエットスーツ、ライフジャケットを装着して基本を守れば、けっこう楽しいとも。この年だ、今からプロなる気はないが「いざというとき」に備えて損はない。しかも無料だ。川遊びの無銭飲食みたいで面白そうだ。

 カヌー競技ワイルドウオーターの元日本代表でベテランガイドの笹川佳範さん(40=カヌーヴレッジ長瀞)に介添えを頼んだ。快く引き受けてくれた。釣り人やラフトの邪魔にならない時間帯ならと。



激流真ん中

 注意事項を聞いた。「災害で流された時も基本は同じ。足を下流に向けて水面に出し、あおむけになる。両手を回して方向をコントロールする。知ってますよね」。知っているが、やったことはない。「なら、今やりましょう」。笹川さん、言い残してあっさり水に入った。激流の真ん中をすいすい流れていった。

 心細い。流れが変わったのか、2年前より落差も水量も減った印象だが、いざ1人で流されるとなると二の足を踏む。三の足もすくんだ。今日は止めて明日にしようか。亀田カメラマンが叫んだ。「日が暮れる、台風7号も来る。早く早く」。分かったよ、借金取りみたいに脅すんじゃない。



ドッカーン

ベテランガイドの笹川佳範さん(右)と後藤新弥
ベテランガイドの笹川佳範さん(右)にコーチを受けた

 飛び込んだ。ものすごい圧力だ。川の主流に行き着けない。側流だと河岸から突き出た岩に激突しかねない。あおむけのまま、背泳ぎとは逆に両腕を全力で前に回した。主流を小ばかにし、好き勝手な「おれの人生」を流れてきた罰か。いきなり死に物狂いだ。

 ようやく流れに乗ったら、ドッカーン。ジダンの頭突きを受けたような衝撃だった。体が宙に浮き、大波の頂点に突き上げられた。その瞬間は快感だった。

 ☆        ☆

 谷間に落ちた。実際は1メートルほどの落差だが目の前に水の壁が突然現れた。その壁に、いや応なしに激突させられた。見えるのは真っ白な泡だけ。一瞬水面に浮かび出たがまた次の谷間に没。あっぷあっぷとタイミング良く呼吸したが、ずれると窒息する。

 締め方が緩かったのか、ライフジャケットが背中をずり上がった。まずい。

 波の頭と谷間を交互に4回、5回。瀬が終わりかけた所で、岸から笹川さんの投げたロープにつかまった。基本通り、あおむけのまま両手でつかみ、腕に巻き付けないよう注意しながら引いてもらった。

 笹川さんはさいたま市出身で、実は土木や地質調査の専門家。社会に出てからカヌーを始めた。



変化見極め

 「少しでも早く強くなろうと限界ぎりぎりの練習を組み立てて、恐怖心と戦いながらこっそり1人で練習したものです。何度も流され、怖い目にも遭いました。だから自分だけの冒険を探すチャレンジの精神もよく分かります。ただ、川は毎日顔を変えます。その変化や流れをよく見極めること。力で自然に対抗しないで、自分も川の一部になって流れるんです」。

 ☆        ☆

 再スタートのために上陸地点に続く岩によじ登り、約6メートルから飛び降りた。どこまでも沈んでいったが水はもう冷たくなかった。慣れてきたのだ。

 田舎では昔、皆が川で遊んだ。昼のサイレンが鳴ると一斉に橋から飛び込んだりした。パンツ一丁で、あるいはなしで。川は夏の友達だった。子らの絵日記から川の景色が消えたのは、いつごろからだろう。

 岩壁を回ると静水域だった。もう余裕、足先を前に浮かせてゆったり流れた。正面に夕空が赤く燃えて岸壁のシルエットが影絵のようだった。時空を超えた絵日記だ。

 小鮒を釣った友垣、どうしているだろう。


Thanks
 ご愛読に感謝申し上げます。すべてにご返信ができないため、整理の都合上、nikkansports.comの本欄、マスター及び筆者個人アドレスでは、コラム内容に関するご感想などのEメールは、現在すべて受付を中止しております。お詫び申し上げます。下記にご郵送ください。
 また、他ページ、フォーラムなどへの転載は、引用を含めて、お断りします。ご協力に感謝いたします。
 【郵送宛先】 郵便番号104・8055 日刊スポーツ新聞社 編集局 後藤新弥
プロフィル
後藤新弥(ごとう・しんや) 日刊スポーツ編集委員、59歳。ICU卒。記者時代は海外スポーツなどを担当。CS放送・朝日ニュースターでは「日刊ワイド・後藤新弥のスポーツ・online」(土曜深夜1時5分から1時間。日曜日の朝7時5分から再放送)なども。
 本紙連載コラム「DAYS’」でミズノ・スポーツライター賞受賞。趣味はシー・カヤック、100メートル走など。なお、次ページにプロフィル詳細を掲載しました。
【 詳細プロフィルへ >> 】


このページの先頭へ


+ -->