カザフスタンで行われている柔道の世界選手権は30日の団体戦で最終日を迎える。29日、個人戦の最後の階級となる男子100キロ超級が行われ、ロンドン五輪金メダリストのテディ・リネール(26=フランス)が7連覇を達成した。2年連続同じカードとなった七戸龍(26)との決勝こそ技ありによる優勢勝ちだったが、2回戦から準決勝まではまったく危なげなく一本勝ち。来年のリオデジャネイロ五輪での2連覇にまい進する絶対王者に死角はあるのか。全日本柔道連盟の副会長、強化委員長であり、84年ロサンゼルス五輪無差別級金メダリストの山下泰裕氏(58)に聞いた。

 「七戸とリネールの差はかなりある。ただ、世界の多くの関係者が倒せる可能性があるのは七戸だけという思いも持たれている」。決勝を貴賓席から見守った山下氏は、そう切り出した。そして「彼は非常に賢い」と続けた。いわく「組み手で完全に安全な状態にならなければ、技をかけない」。これは日本代表の鈴木桂治コーチが「良い意味で臆病」と形容するのと共通する。組み手の技術が抜群で、その上で自分が確実に組み勝っている状況でないと仕掛けない。だからこそ、「ポカ」も少ない。慎重だからこそ、王者で居続ける。

 そこで、「もし戦うとしたら?」と山下氏に聞いた。「面白い勝負になると思いますよ」とニヤリ。「ただ私の性格上、投げるか投げられるか、はっきりするでしょう。指導の差で勝負がつくようなことはしたくない」と激戦の予感を漂わせた。勝敗については「私はいまのチャンピオンを尊敬していますから」と言及を避けたが、時代を越えた戦いが実現するならぜひ見てみたいものだ。

 今大会では日本代表はリネールに対して研究に研究を重ねて臨んだ。七戸本人も「試したいことがある」と挑んだが、王者はその対策の上をいっていた。前技ではなく、引き込む技を多用。分析されても勝ち続けてきた懐の深さを見せつけられる格好となった。では、つけいる隙はあるのか?

 山下氏は少し小声で見解を述べた。「負けている試合は相手が左組みが多いんです。彼は持たせてくれない選手にはやりにくさがあるのだと思う」。技に入る時にリネールが重視していると思われるのは、奥襟を持つ右手ではなく、左手。相手の右手を制することが技に入る「スイッチ」の1つというデータもある。だからこそ引き手が右手の左組みにやりにくさがあるのかもしれない。ただし、七戸、王子谷、原沢と現在の日本の重量級は右組みぞろい…。そこが頭の痛いところでもある。

 果たして、臆病で最強の王者をどう攻略するのか。今後も日本柔道界を挙げてのプロジェクトに注目したい。【阿部健吾】