<日刊スポーツ:2000年9月23日付>

 プレーバック日刊スポーツ! 過去の9月23日付紙面を振り返ります。2000年シドニー五輪で起きた男子柔道100キロ超級の「誤審」の記事です。

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<シドニー五輪:柔道>◇2000年9月22日◇男子100キロ超級決勝◇ ドイエ(フランス)優勢 篠原信一(旭化成)

 100キロ超級の篠原信一(27=旭化成)が「誤審」で金メダルを逃した。ダビド・ドイエ(31=フランス)との決勝は、1分30秒すぎに篠原が内また透かしで1本を取ったかに思えた。しかし判定は内またをかけたドイエに有効。結局、このポイントが決め手となって銀メダルに終わり、1988年ソウル大会の斉藤仁(95キロ超級)以来の最重量級金メダルはならなかった。日本選手団の山下泰裕監督は、国際柔道連盟(IJF)に抗議文を提出する意向を示した。

 

 勝利のガッツポーズのはずだった。審判の耳を疑う判定に、篠原は思わず声が出た。「ウッソ、オレのポイントでしょ」。金メダルを決めた内また透かしは、相手の有効ポイントに判定された。電光掲示板の横に座る斉藤仁コーチ(39)は「1本、1本」と大声で抗議した。しかし試合を止めることはできない。そのまま進行した試合は、終盤に篠原が有効を奪われ、ドイエの勝利が宣せられた。篠原は終了後、3人の審判に詰め寄った。畳の上に残って抗議もした。しかし判定が覆ることはなかった。

 山下監督は客席から猛然と駆け下りてきた。審判団席に詰め寄った。納得がいかなかった。顔を真っ赤にして、体をいっぱいに使って、30分近く抗議。「当然、篠原の有効だと思った。そのうち有効のランプがつき直すだろうと思った」と振り返った。

 ドイエの体は、確かに畳にあおむけになって落ちた。目の前で見ていた副審は、手を上げて1本を示した。ドイエも観念した。しかしクレイグ・モナガン主審(ニュージーランド)と、もう1人の副審は、ドイエの有効を取った。2人は、篠原の技を「裏」から見ていた。ドイエが倒れ込んだのは、内またをかけた勢いによるものと判断した。試合を見ていたジム・コジマIJF審判理事は「篠原の内また透かしが決まったと思う。ただ、3人の審判が決めたことなので覆すことはできない」と話した。規程では「主審と副審が試合場を離れた後には、主審はその判定を変えることができない」とある。

 篠原は昨年の世界選手権で、史上4人目の2階級制覇を果たした。力と技を兼ね備え「金メダルに最も近い男」といわれた。問題の内また透かしも山下監督は「非常に技術的に高度で、だれにでもかけられるものではない」と話す。

 篠原の敗戦は覆らない。それでも日本は、IJFに正式に抗議することを決めた。山下監督は「抗議文にビデオを添えて提出する。銀が金にはならないが、あれはどちらが投げたかをはっきりしてもらう」と話した。ただの1敗ではない。日本の威信がかかった試合を、このままにしてはおけない。

 12年ぶりの最重量級金メダルは、ならなかった。篠原は山下監督に「すみません」と頭を下げた。監督は「何もしてやれなくてごめんな」と唇をかんだ。

 ◇「不満ありません」

 顔を上げられない。上を向こうとしても、悔し涙が出てくる。表彰台に上がって、他の3選手とは対照的に、篠原はうつむいた。銀で納得できるわけはない。「何もないです。弱いから負けた。それだけです」。目を真っ赤にして、うつむくしかなかった。得意技で投げていた。ガッツポーズが出るほど決まった内また透かしのはずだった。耳を疑う判定。抗議もしたが、判定が覆ることはない。「ミスジャッジ? 不満はありません」と言うのが精いっぱいだった。

 96年アトランタ五輪95キロ超級金メダルのドイエとは、翌97年のパリ世界選手権決勝以来の対決。この時も地元の熱狂的応援に左右された審判によって、不可解な反則負け。「勝つという気持ちが足りなかったから」と言うしかなかった。「シドニーでやりたい」と話していた相手。またもジャッジに泣かされた。

 「ドイエ? 強いだけです。もう、ええですか。ええですか」。88年ソウル五輪以来の、この階級の金奪回が果たせなかった。会見場を後にした篠原の背中に、無念の2文字が見えた。 

 ◇ドイエ「ミラクル」

 五輪連覇を達成したドイエはフランス国旗を肩にかけ「ミラクルだ」と大声を張り上げた。アトランタ大会では準決勝で小川直也を破った。翌年、交通事故で大けがをしたが、それも乗り越えた。「シノハラは最も尊敬する選手。しかし勝者と敗者が生まれるのがスポーツ」。会見途中ではシラク大統領から電話が入った。「わたしは今、最高の瞬間を味わっている」と、感激に浸っていた。

 ◆1997年パリ世界選手権95キロ超級決勝

 序盤から篠原が内またなどでドイエを崩そうとするが崩れない。互いに指導、注意、警告と反則ポイントを重ねた後、篠原が相手の組み手のうまさで組み合ってもらえないところで、審判は4分10秒、篠原だけに反則負けを下した。試合後、篠原は「何で?」と首をかしげた。