フィギュアスケートの世界選手権で女子ショートプログラム(SP)7位と出遅れた紀平梨花(16=関大KFSC)が22日に臨むフリーは、今季全8戦でトップと抜群の安定感を誇る。

それを支えるのが、強さと美しさが共存するプログラム「ビューティフル・ストーム」だ。その作曲者でピアノ、バイオリンも演奏する米国人のジェニファー・トーマス(41)が、作曲秘話や音楽家の視点で見た紀平の魅力を明かし、海の向こうからエールを送った。【取材・構成=松本航】

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昨年11月の米シアトル。夫、3人の息子と仲良く暮らすトーマスの「フェイスブック」にファンから1本の動画投稿があった。07年に自らが作曲した「ビューティフル・ストーム」に乗り、会場の大きな拍手を受ける日本人。紀平の演技に、トーマスの心は躍った。

「これまでにも多くのスケーターが、私の曲で滑ってくれていました。でも、リカの演技をクリックした時には、それを驚きを持って見入り、心から感動しました」

シーズン前、紀平はトム・ディクソン氏が振り付けたフリーに「波の音や雷の音にすごくパワーがある。すごく格好いいものに仕上がった」と親しみを込めた。ここまで国際大会6戦無敗。浜田美栄コーチは「初めは表現がちょっと苦手だったけれど、いろいろ心がけてレッスンを受けてきた。それがすごく出てきた」と表現面の成長を躍進の一因に挙げる。音楽家トーマスの目にも、紀平の魅力は輝いて映る。

「リカは音楽の中で感情を表す、本当に素晴らしい能力を発揮します。とても独創的であるだけでなく、曲の背景にある意味もよく理解していると思います。ジャンプとスピンは音楽にピタリと合う。曲の初めにトリプルアクセルを決める瞬間がありますが、彼女の靴が音を鳴らすタイミングは、音楽と完璧に合致している。彼女と音楽が完全に一体であるかのようです」

曲のルーツは04年、トーマスが旅行で訪れたハワイのビーチにある。

「現在は夫である彼と、夜に浜辺で手をつないで歩きました。空気は暖かかったのですが、強い風も吹いていた。私たちは立ち止まり、夜空を見上げると、月の周りを雲が渦巻いていました。嵐が来たように思えましたが、とても美しい夜でした。まさにその後、彼は私にプロポーズをしたのです。その時、私は『美しさ』と同時に、暗くて嵐のような感情も持ちました」

その情景を思い返しながら「出だしは嵐が来るような強さ。そこからはソフトに、美しく」と曲を仕立て上げた。

昨年12月、トーマスはGPファイナルが行われたカナダ・バンクーバーの会場を訪れた。紀平と顔を合わせる機会はなかったが、今大会も米国から16歳の挑戦を応援している。

「受け答えを見ても、とても良い心根を持った女性だと見受けられます。スケートに対し謙虚で、16歳にして成熟している。私の曲があれほどまでに美しい滑りをする助けとなり、インスピレーションを与え、強さを与えていることが本当にうれしい。リカ、あなたは本当の『ビューティフル・ストーム』なのよ!」

21日の公式練習で紀平は3回転半を13本中11本成功させ、最終調整を終えた。勝負のフリーへ。美しく、力強い巻き返しを、シアトルの地からトーマスも見守っている。

◆ジェニファー・トーマス 1977年6月23日、米ワシントン州ワラワラ生まれ。5歳からピアニストで作曲家の母の下で教育を受け、ピアノを学んだブリガム・ヤング大を卒業。バイオリンでも名声を得て、シアトル交響楽団に入ると作曲も始めた。07年にデビューアルバムを発売。グラミー賞アーティストなどともコラボレーションし、05年にはウルトラマラソンランナーの夫ウィルと結婚。3人の息子と暮らす。3月20日にはピアノソロバージョンの「ビューティフル・ストーム」を収録した日本限定盤アルバム「KEY OF SEA」を発売。CDの予約・購入は(https://avex.lnk.to/Beautifulstorm)、配信は(https://avex.lnk.to/BeautifulDL)で行える。