自動車のF1シリーズで3度の世界王者に輝いたオーストリア出身のニキ・ラウダ氏が20日、死去した。70歳だった。AP通信などによると、ラウダ氏の家族がオーストリアのメディアに対して「安らかに息を引き取った」と明らかにした。

ラウダ氏は日本でF1ブームが訪れる前の1970~80年代に活躍した。フェラーリで初の年間総合王者に輝いたのは75年。76年にはドイツ・グランプリ(GP)で大事故に遭った。車体は炎上して大やけどを負い、生死の境をさまよった。それでもわずか2レースの欠場で復帰。富士スピードウェイで開催された最終戦の日本GPまでジェームズ・ハント(英国)と総合優勝を争った。

雨中の日本GPでリタイアし、逆転でハントに王座を明け渡す。このタイトル争いは「ラッシュ プライドと友情」として映画化された。日本のF1ドライバーの草分け、中嶋悟氏は「子どもの頃、ハントとのしのぎを削る戦いに心を躍らせ、大いに影響を受けた」と述懐。「一時代を築いた巨星が逝ったことは残念です」と惜しんだ。

その後はマクラーレンからもF1に参戦。84年にはチームメートのアラン・プロスト(フランス)との僅差の争いを制し、3度目の年間総合王者となった。引退後は航空会社を創業するなど、経営者としても手腕を発揮した。