レスリングの全日本選抜選手権は東京・駒沢体育館で13日に開幕する。世界選手権(9月、カザフスタン)の選考大会で、東京五輪にも直結する初夏の日本一決定戦。

女子57キロ級では2人の世界女王が1つの枠を巡って熾烈(しれつ)な闘いに臨む。

なお、昨年末の全日本選手権優勝者が今大会も優勝した場合は世界選手権代表に決定。そこで表彰台に上がれば東京五輪代表に決定する。もし優勝者が異なる場合はプレーオフ(7月6日)を行い、世界選手権代表を決める。

最終日の16日に決勝を迎える女子57キロ級には、2人の五輪女王が半年ぶりの再戦を迎える。04年アテネ大会から五輪4連覇の伊調馨(35=ALSOK)と、16年リオデジャネイロ五輪金メダルの川井梨紗子(24=ジャパンビバレッジ)。2人の実力から測れば、どちらが世界選手権代表に決まってもメダル以上は濃厚で、東京五輪の出場権をかけた最終決戦となる可能性が高い。

昨年12月の全日本選手権では、予選リーグと決勝の2回の対戦があった。長期休養から復帰2戦目だった伊調と、世界でただ1人リオ五輪後も世界大会で3年連続優勝を飾ってきた安定女王の川井の激突。先勝したのは川井だった。

互いに組み手争いに終始する展開から、相手の消極的姿勢を印象づけて点数を重ねていった。伊調はタックルに入る機会をうかがい続けたが、積極的なアクションは出さずに試合終了。2-1で川井が勝利した。伊調が日本選手に負けたのは17年ぶりだった。

その後互いに勝ち上がり迎えた翌日の決勝も似たような組み手争いの攻防が続いた。だが、終幕が違った。1ー2の劣勢から残り20秒で決死の片足タックルを見舞ったのは伊調。低く強く押し込み、テークダウンを奪って土壇場で3ー2の逆転勝利で優勝を飾り、代表争いでリードを奪った。

それから半年。大きな動きがあったのは伊調側だ。4月にリオ五輪以来の国際大会として遠征したアジア選手権(中国)で、よもやの黒星が待っていた。準決勝で荒い攻めが目立った北朝鮮選手に4ー7で敗戦した。開始直後に思い切って両脚タックルに来た相手をさばけずに流れを渡すと、以降も攻め手を作れずに完敗。国内で見せた五輪4連覇の底力を見せることなく、現実の厳しさを痛感することになった。

データ面から見ても、リオ五輪までと復帰後には顕著な違いがある。ルール改正後の13年以降は総失点数は44戦で12点だった至高の守備力が、復帰戦だった昨年10月の女子全日本オープン以降では10戦で15点と増加。タックルを受けてカウンターをとる抜群の俊敏性と技術は、五輪4連覇当時のそれとは異なる結果が出ている。攻撃面でも、44戦で6試合しかなかったポイント差での勝利が、10戦で4試合に。圧倒的大差をつける試合も少なくなっている。

この現実をどう見るかが問われるのが川井になる。この半年間は試合に出ていない。全日本選手権決勝での敗北は、過剰な慎重さがあだとなった面もあった。自ら攻めに出るのではなく、相手の消極的姿勢を促すような選択をした。結果、僅差で逆転を許す結末を生んだ。川井の心中を察すれば、伊調を過大評価していた部分があったのではないか。予選での久々の手合わせの感覚から、むしろ警戒心を悪い方に高めてしまい、本来の自分のレスリングを失った。全日本前までの成績では77勝のうち55勝が大差勝ちだった。その攻撃力が鳴りをひそめた。

アジア選手権でタックルを避けられなかった伊調の姿は、今度は過大評価はしない覚悟が生まれるには好材料だった。加えて、今大会は追う側として挑む。後がないという切実感よりも、思い切りというベクトルにかじを切れれば、十分に伍(ご)していけるだろう。さらに全日本と全日本選抜の勝者が異なる場合、昨年はその日にプレーオフが行われたが、今年は3週間の間隔が開く。追う者は2試合分の体力を考慮する必要はなく、フルスロットルで戦えるメリットがある。

アジア選手権後、伊調は「泥臭くてもいいからポイントを取る。勝つレスリングへ、一からやり直したい」「今はレスリングできることが幸せで、幸せボケしていた」と反省の弁を述べた。川井は全日本選手権の敗戦後「やっぱり馨さんは馨さん。2年のブランクがあるとはいえ、強いのは変わりない。余裕で勝てるかといえば、そうでもないとわかっていた」と認めた。黒星を良薬とするのはどちらか。【阿部健吾】