政府の緊急事態宣言が延長され、スポーツ界も「自粛」状態が続いている。日刊スポーツの記者が自らの目で見て、耳で聞き、肌で感じた瞬間を紹介する「マイメモリーズ」。サッカー編に続いてオリンピック(五輪)、相撲、バトルなどを担当した記者がお届けする。

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昨春、フィギュアスケーターの浅田真央さん(29)が座長を務める「サンクスツアー」を訪れる機会があった。過去のプログラムを下地にするが、単純なノスタルジーではなく、新たな作品の創造を感じる作品の連続に、目を見張った。閉幕後に少し会話をする機会があったが、関係者と柔和に触れあい、ショーを切り盛りする姿からも、ふと数年前の事が思い出された。

15年11月の中国杯でのこと。ソチ・オリンピック(五輪)シーズンを終えて1年間の休養をはさみ、10月のジャパンオープンで復帰した25歳の元世界女王は、この中国で新シーズンのショートプログラム(SP)を初披露した。「素敵なあなた」の軽快な曲にローズピンクの衣装をまとい挑んだ構成は、トリプルアクセル(3回転半ジャンプ)に連続3回転、最後に3回転ルッツを組み込む当時の最高難度。長期ブランクをはさみ、徐々にギアを上げていく予測を良い意味で裏切り、いきなりの高得点を出した。思い出したのはその直後の言葉。

「本当にいま、いろいろな部分が良い方に向かっています。全体的に大きく見られて、気持ち的にも柔らかくなっています」。

彼女は時に簡潔な言葉で印象に残るフレーズを生む。この時は「柔らかい気持ち」。中国杯では冒頭の3回転半から何か力感が抜けていた。しなやかさだけが動きを占め、弱々しくも見えそうなギリギリで、滑らか。表現がとがりすぎないことで、見る者に心地よさが生まれる。そんなイメージだった。それから4年、アイスショーでも似た印象があった。現役時代より表現の幅の広さは如実で、喜怒哀楽の出力法も豊富。ただ、「どこか柔らかいな」という感覚を受け、それがかつての言葉と重なった。

ある本に柔らかいものは固いものより強いという格言があった。中国の老子の言葉の引用らしく、例えば水は柔弱だが、時間をかければ固い岩に穴も開けられる。硬いものは壊れやすいが、柔らかいものは壊れにくい。そんなニュアンス。

彼女にとって「固いもの」は何だっただろうか? それは周囲の期待に応えようと背負い込む心理であっただろうし、時には3回転半だったかもしれない。休養を挟んだ後の中国での滑りには、徹底して「固さ」はなかった。休みの間にラジオDJをしたり、旅行をしたり、競技を離れる時間があった。そして「やっぱりスケートが好きなんだな」の一心でリンクに戻った。もはや固さを生む要素はなかった。そこに「新しい浅田真央」の可能性はあったように思える。

彼女は中国杯以降、故障の影響もあり、競技者としてその先を見せることなくリンクを去った。あの続きがあったら、どんな滑りを見せてくれたのだろうか。【阿部健吾】