今年4月に独協医大医学部に入学した柔道女子78キロ超級で18年世界女王の朝比奈沙羅(23)が14日、日刊スポーツの取材に応じ、同じ医師の道を志す19年ラグビーW杯日本代表の福岡堅樹(27=パナソニック)へ感謝の言葉を伝えた。

この日、7人制の代表引退を表明した福岡が記者会見で、来年1月開幕予定のトップリーグ(TL)に出場する意向を示したことを受け、朝比奈は自身の思いを赤裸々に明かした。

「15人制で現役続行すると知って、安堵(あんど)しました。『もっと福岡選手のプレーを見に行けば良かった』と思った方は、きっと私だけではないはずです。福岡選手の華麗なプレーは、我々ラグビーファンにとって、非常に見応えがあり、ラグビー観戦の醍醐味(だいごみ)でもありました。これまでの感謝の気持ちとともに、来季TLが開幕したら出来る限りたくさんの試合を見に行こうと思いました」

福岡と同じ医者家系の朝比奈も、幼少期からの夢が「五輪金メダル」と「医師」になることだった。進学校の東京・渋谷教育学園渋谷高から、柔道との両立を考慮し、東海大医学部を受験したが不合格。一般受験で体育学部に進学した経緯がある。体育学部でのラグビー授業を履修した際に、同じ境遇の福岡の存在を知って大きな励みになった。

「当時、柔道界からは『五輪を目指せるのに、なぜよそ見するんだ』と言われ、医学界からは『医学部をなめるな』と、どちらからも辛辣(しんらつ)な言葉を投げかけられ、個人的にもつらい思いをしました。そんな状況で、福岡選手の存在を知れたのは、私にとってすごく心の支えになりました」

「二兎(にと)を追う者は一兎をも得ず」とのことわざがある。朝比奈は「二兎(にと)を追わねば二兎(にと)とも得られぬ」と考えたが、それを体現することは難しく、何度も心が折れた。しかし、同じ日本代表として活躍する福岡の姿を見て自身を鼓舞した。昨年11月に独協医大医学部に合格した際はSNSを通じて、福岡から「しっかりとアスリートとしてやり切って、(医学生の)後輩になれるよう頑張ります!!」とのメッセージが届いた。その時、朝比奈は医学部合格がゴールではなく、努力を続けて、立派な医師になることが最終ゴールであることを気づかされた。

現在は大学がある栃木県を拠点とし、学業と両立しながら柔道の稽古を続ける。東京五輪代表を逃し、19年世界女王の素根輝(19=そね・あきら、環太平洋大)の補欠に回ることが有力だが、高いモチベーションで「闘う医学生」をスローガンに二刀流を貫く。

「念願の医学部に入学して2カ月ほど過ぎましたが、大変なことばかりで置いていかれないよう必死に食らい付いています。でも、充実した毎日を過ごしており、コロナ禍で医療現場が混沌(こんとん)としている中、『少しでも社会の役に立ちたい』という気持ちにつながっています。現役生活に限らず、いつかは全てが終わります。それは夢がかなった時とは限りません。夢がかなわない、引退したから『終わり』ではないと私は思います。だから、いつか終わるがくるその日まで、とにかく後悔しないように1日1日を大切に過ごしていきたいと考えています」

日刊スポーツの東京五輪特集面企画で18年8月に、朝比奈と福岡の対談を群馬県太田市のパナソニックのグラウンドで実施した。2人は取材後に「2年後の20年夏の東京五輪で会いましょう」と、がっちり握手を交わし、再会を誓った。しかし、コロナ禍の影響もあり、両者とも当初の人生プランとは異なる第2の人生を歩み始めた。トップアスリートでしか分からない思いや心情、葛藤はあったはずだが、2人に共通する部分は「自身の思いを貫く」ことだと強く感じる。朝比奈は最後、福岡にこうメッセージを送った。「また近い将来、医者の卵としてお会いできることを心待ちにしています」。文武両道を極める2人の生き様に強く感銘を受けた。【峯岸佑樹】