「エイブルpresents第73回全日本フェンシング選手権」が17日、開幕する。新型コロナウイルス感染拡大後、初の国内最高峰大会。オリンピック(五輪)2大会連続銀メダリストの日本協会・太田雄貴会長(34)が取材に応じ「NEW STANDARD」(新基準)を掲げて取り組む仕掛けや安全対策の舞台裏を語った。映像配信技術を来夏の東京五輪に生かしたい考えも示した。

フェンシングの全日本選手権は近年、斬新な取り組みで話題をさらってきた。17年の太田会長就任後、得点時のLED照明演出や選手の心拍数表示、剣先の軌跡を映像で可視化する「ビジュアライズド」などを導入。16年リオデジャネイロ五輪後のタイミングでも閑古鳥が鳴き、例年700万円前後はあった赤字を、昨年は単体で2000万円の黒字に転換した。

太田雄貴、今年は何をする-。そう期待されていた中でのコロナ禍。「目の前のファン、お客さまを楽しませる前提がひっくり返った」。従来の観戦とは異なる価値を提供しないと…。会場を簡素化し、映像配信を極めないと…。緊急事態宣言下の4月、そう覚悟した。

「無観客」ではなく「完全オンライン開催」と表現し、17日から3日間の予選と26日の決勝を全試合ライブ配信。カメラアングルやCG、AR、大会公式サイトの拡充などアップデートを突き詰めてきた。予選はPLAYER!で全試合配信、決勝は男女フルーレ、サーブル、エペの計6種目がABEMAで生中継される。「2つチャンネルがあるので、通常版と技術に振り切った内容に分けて、裏解説付きで。さらなる楽しみ方を提供できる」と自信を見せる。

以前は野球やサッカーも運営の参考にしていたが、今年はサカナクションやPerfumeのライブ配信、人気ゲーム「フォートナイト」内での米津玄師の公演を見た。「ここまで作り込む必要があるのか…」。良い部分を吸収するにしても、例えば5分間の楽曲と、結果も試合時間も読めないスポーツを同じように演出するのは無理。それでも「握れる部分にはこだわりたい」と考えた。従来のカメラワークでは観客の視線を配置で邪魔できなかったが、オンライン限定であれば至近距離も角度も自在。新鮮なカメラアングルを追求できる。

「コロナがなければ、ここまで映像に全力を注げなかった。ただでは転びませんよ」と副産物を逃す気はない。この映像技術を来夏に延期された東京五輪に転用できないか、組織委と協議を進めている。「我々の蓄積と技術力を生かした映像を、まずは当日の夜にIOC(国際オリンピック委員会)が流すハイライト映像に使ってもらえればうれしい」。国際映像でクリアすべき障壁は多いが「今回の全日本で質の高さを証明できれば、五輪での実装も見えてくる。この点だけを考えていいのであれば、1年の延期は間違いなくチャンス」と、とらえている。

もちろん主役の選手は守る。「コロナ禍の中、正解は僕らも世界中の誰も分からない。それでも安心安全の担保だけは不可欠」と、出場者全員にスマートアンプ法の検査を用意した。PCR法と同じ分類で、検出はより短い1時間弱で済むタイプ。体育館の前室で個別に実施し、陰性が確認された選手だけ会場に入ることができる。仮に陽性者が出ても棄権で対応。つまり場内は陰性者しかいない、心配のない空間になる。

決勝の前日も予定しており、1週間で2度と徹底。「そこまでやってこそ、選手の心理的な不安を取り除いてあげてこそ安心安全」と胸を張る。予選はピスト(競技コート)も通常の半分以下となる4つに減らして密を避ける。

先月20日には、1種目の出場者を32人から16人に絞る苦渋の決断をした。実は最初、医学委員会から「16人が妥当」との見解を示されていたが、安全対策を施した上で、より多くの選手に輝ける舞台を用意したい理事会で32人に増やしていた。

直後に第2波。再び制限することにはなったが、健康が最優先だ。「今年はインターハイなど全国大会が軒並み中止になった。17~32位の有望な選手からは『出たかった』と言われて申し訳なかったけど、1日2種目まで計32人が対応の限界」と理解も求め、1回戦からハイレベルな争いになることに期待した。

こうして、五輪の屋内競技、対人種目の先駆けとして注目の開幕を迎える。構想、準備で“攻守”に抜かりはなく「やるからには他団体のロールモデルになるような大会を目指したい。単なる勝ち負けを超越した試合にできれば」と望む。

視線は、来秋をも見据えている。延期されたパラリンピック閉幕直後の9月中旬を視野に「来年の全日本こそ、五輪メダリストを満員のファンに披露したい。そのためにも今年は進化したライブ配信をお見せし、昨年まで満足度を高めてきた生の観戦体験と、来年の大会でミックスできたらステキだなと思います」。2020年9月。単なる日本一決定戦にとどまらない、新たなスポーツ観戦の価値を創出する。【木下淳】

◆フェンシング全日本選手権 今年で73回目を迎える日本一決定戦。予選は東京・駒沢体育館で準決勝まで。17日は女子エペ、男子サーブル、18日は男子フルーレ、女子サーブル、19日は女子フルーレ、男子エペの試合が行われる。各種目の出場者16人は原則、国内シニアランキングの男女上位16位までが推薦された。予選の模様はPLAYER!で、26日の決勝はABEMAで全試合配信される。詳細は大会公式サイトまで。

◆太田雄貴(おおた・ゆうき)1985年(昭60)11月25日、京都府生まれ。滋賀県大津市で育つ。男子フルーレ。京都・平安高(現・龍谷大平安高)時代に史上最年少17歳で全日本選手権優勝。04年アテネ五輪9位。08年北京五輪の個人で日本初の銀メダル。12年ロンドン五輪では団体で銀メダルに輝いた。15年に世界選手権で金メダル。16年リオ五輪の初戦敗退を最後に引退した。17年に日本協会の会長就任、TBS笹川友里アナウンサーと結婚。18年に国際フェンシング連盟の副会長に就いた。同大卒。171センチ。血液型O。