天理大が初の大学日本一に輝いた。関西勢としては3連覇した同大以来、36大会ぶりの快挙。天理大の攻撃の中心にいたのが、トンガ出身のCTBシオサイア・フィフィタ(4年)だった。副将を任され、存在感は群を抜いていた。だが、最初から期待されていたわけではない。来日当初は線の細い体形だったという。日本で成長し、日本一に立ったフィフィタのルーツに迫った。

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来日当時、母校の日本航空石川でコーチを務め、今季は就任1年目ながら花園に導いたシアオシ・ナイ監督(31)は、こう振り返る。

「サイア(フィフィタ)が来たときはガリガリでした。身長が181センチぐらいで、他の日本人と比べても細かったですね」

トンガは人口約10万人で、長崎・対馬とほぼ同じ面積の、南太平洋に浮かぶ小さな島だ。経済的な理由もあり、1日2食の家庭も少なくない。

「日本は肉、野菜などバランスよく食べるが、トンガは肉と芋だけ。3食を食べる習慣がないから、体は大きくならない。サイアも(来日後に)先輩から教えられて、食事の大切さを知ったと思う。納豆が好きで、夕食に3つ食べて、部屋にも持って帰っていました」

トンガでは、ラグビーの練習をするのは1年のうち3カ月程度だ。日本で本格的にトレーニングを始め、高校日本代表に選出されるまで成長した。チーム練習が終わっても自主練をこなし、高みを目指した。そこには譲れない思いがあったからだ。

トンガ人指揮官は、自慢の教え子の気持ちを代弁する。

「日本に行って、大学、社会人に進んで、お金をためて親に送る。トンガと日本の差はすごくある。『家族のために』というのが先にくるので、しんどくても頑張れる。それが、トンガ人のレガシーですね」

今季、同校が花園に出場した際、天理大のグラウンドを借りた。OBが指導に訪れ、フィフィタもいたという。

「(成長していて)びっくりした。試合後のインタビューもしっかりしていて、キャプテンらしかった」

来日当初から期待されていたわけではない。日本で努力を重ねて成長し、日本を代表する選手になり、そして天理大に悲願の初優勝をもたらした。【南谷竜則】

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