いま打ち込む拳は何のため…。

新型コロナウイルスの影響は、東京五輪開催の可否によらず、すでに多くのアスリートの運命を狂わせている。ボクシングでは、6月に開催予定だった世界最終予選の中止が2月に決定。出場者は世界ランキングで選出されることになった。日本は昨年3月のアジア予選で敗退した男女5人が最終予選に回り、ラストチャンスにかけるべく、1年を過ごしてきた。だが、世界ランク方式では出場はかなわない。突然、戦う機会すら奪われた、3人のいまに、3回連載で迫る。

世界最終予選の中止決定後も、日本代表合宿に参加してきた選手たちがいる。鬼頭茉衣(24)もその1人だ。もちろん、絶望の時はあった。

「ニュースを聞いて。動揺しちゃって練習が手に付かない。気が気でなくて」

2月15日、中止の報に腕は動かなくなった。国際大会も開催していた。まさか、なくなるとは思わなかった。ただ、正式決定を待たずに気持ちを固めた。

「なかったら、何も挑戦せずに終わったことになる。まだ自分に可能性を感じていたので、もし中止になっても次を目指そうと。3年間は重いですが、五輪にかけていた思いは強いので、やっぱり出たいなと」

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鬼頭が競技を始めたのは中京大に入学してから。高校まではバスケットボール部で、テレビ番組で女子格闘家特集を見て、ジムの門をたたいた。スピード、技術はまだまだ粗削りという自覚に、それでも可能性があった五輪という舞台。諦念より希望が先立った。

いま大学院での研究テーマは「女子ボクシング」だ。なぜ、始めたのかを大会や合宿などで事例として集めて、研究材料としている。多くが口にするのは「五輪に出たい」からだが、この1年間は自身も含めて、なぜ五輪に出たいのかを考え直す機会になった。

これまでのフィールドワークでは、始めた動機に「自己実現」を感じるケースが多かった。欧州などでは身分制度の名残から下流階級の出身の選手が多いことや、強国の米国やキューバでは人種差別が根底に眠るケースも多々ある。階級制度が希薄な日本では、それは、いじめなどに端を発するケースが見られるという。「母子家庭の子もいっぱいいる。日本の中での格差ということを感じさせる選手がやっている傾向があるなと」。

翻り、五輪の価値を考えれば、「本来の目的は世界平和と人間形成ですよね。差別は許されない」。誰かに認めてほしい、自分を強くしたいという動機は、五輪という“世界装置”によって昇華されるべきものだった。だが、その価値すらも揺らいでいるように感じる。

1年間の延期期間で、研究自体の「伸びしろ」も感じている。「研究における教養の部分を時間があったので読んでいくと、もっともっと基礎的なところから固めないと」。日本における女子ボクシング創世記を歩んだ先人に話を聞く機会からは、女子を認めなかったのは性別の問題だったという事実が浮かんだ。

「歴史的も固め、ではなぜいまの子がやるのかと現代にあててもいい」と見据える。

自身のボクシングをする動機と五輪の価値への疑問。てんびんは時に片方に大きく傾きながら、「大学院ボクサー」という、日々が研究対象の時は過ぎていく。

「本当に結果的に悪い終わり方をしたけど、ボクサーとしても1つの糧になるだろうし、研究者としても経験が大きいと思う。前向きに現実と向き合ってという感じです」【阿部健吾】(つづく)

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