東日本大震災の津波で全壊した小中学校の跡地に新設された釜石鵜住居(うのすまい)復興スタジアム(岩手県釜石市)には半年後、ラグビーのワールドカップ(W杯)がやってくる。市から県庁に出向し、開催準備に当たる菊池太介さん(40)は、釜石シーウェイブスの元選手。「大会を成功させ、震災で受けた支援への感謝を世界に伝えたい」。8年前には想像もできなかった夢の舞台が迫る。

釜石市出身。「北の鉄人」と呼ばれた新日鉄釜石ラグビー部の選手たちに憧れて小学4年からラグビーを始めた。同市役所に入庁した01年、クラブチームになったばかりのシーウェイブスに入団。フランカーとしてクラブを支えたが、けがに苦しみ約2年でジャージーを脱いだ。

引退から9年後の11年3月、街を津波が襲った。釜石市の死者・行方不明者は1000人を超え、小学校時代の友人やラグビー仲間を失った。がれきや車が転がる生まれ育った街で、市職員として遺体の搬送にも関わった。

地元商店街の再建などに携わっていた15年3月、日本大会の開催都市の1つに釜石が決まった。「まさかW杯がやってくるなんて」。胸が高鳴った。翌年4月に県庁に出向し、大会の機運を高めるため、PRイベントの企画などを行う。

震災時、各地から届いた支援物資の仕分けも担当したが「感謝を伝えられるような状況ではなかった」。W杯は感謝の気持ちを伝える場所にしたいと言う。もう1つ目標がある。「釜石の子どもたちが巣立った時に『津波が来た街』ではなく『W杯が開かれた街』と言えるぐらいの成功にしたい」と目を輝かせた。