ラグビーの元日本代表フランカーで、東芝でも活躍した渡辺泰憲さん(享年35)の通夜が4月10日、都内で行われ、関係者約1000人が参列した。
渡辺さんは3日夜、JR鎌倉駅のホームから転落して死去。東芝の後輩の大野均は「後輩によく気を使ってくれた方」と故人をしのんだ。大野ら東芝所属の日本代表選手は宮崎合宿から帰京しての参列で、「宮崎では信じられない思いだった。練習中は考えないようにしていた」とつらい胸中を明かした。悲報を受けた5日には、練習前に日本代表チームが円陣を組んで黙とう。ジョン・カーワン・ヘッドコーチが「彼はジャパン(日本代表)の家族だから、マンキチ(渡辺さんの愛称)のためにも頑張ろう」と話したという。大野らカーワン・ジャパンは、11年W杯ニュージーランド戦のアジア予選を兼ねる5月のHSBC5カ国対抗で、渡辺さんの恩に報いるつもりだ。
また、渡辺さんが東芝(当時東芝府中)入団時に監督だった向井昭吾氏(現コカ・コーラ・ウエスト監督)は「思い出が多過ぎる。電話したら、出てくるんじゃないかと思う」と、渡辺さんの死をまだ信じたくない様子だった。
遺影は、東芝の赤いジャージーを着てプレーしている写真だった。



