世界水泳男子200メートルバタフライで銅メダルに輝いた松田丈志の語録を集めた。

 ◆「普段の練習を、きちんとこなしているから大丈夫」(04年4月23日)日本選手権で200メートルバタフライ、1500メートル自由形の2種目を40分の間隔で泳ぎともに優勝し、アテネ五輪への出場権利を手にした。驚異的なスタミナを誇るが、本人は淡々としたものだった。

 ◆「鉄骨が危ないなあ」(04年8月30日)台風の影響で“ビニールハウス”として有名になった練習場の一部が壊れるアクシデント。自ら後片付けに参加して、ポツリ。

 ◆「うれしさと悔しさが半分、半分」(05年7月27日)世界水泳モントリオール大会で200メートルバタフライ銀メダル。金メダルを狙っていただけに、悔しさもあった。

 ◆「いつまでも日本の自由形が弱いとは言わせたくない」(08年4月15日)日本選手権で400メートル自由形の五輪出場権を獲得して。

 ◆「本来はいけないこと。悩みました。(ミズノの)了解?

 取れてないと言った方がいい」(08年6月6日)ジャパンオープン初日、男子200メートルバタフライ決勝で所属のミズノではないスピード社の水着で好記録を出し、複雑な心境を吐露。

 ◆「やっぱりメダルはほしい」(08年8月5日)北京五輪の選手村に入村し、メダルへの思いを口にした。

 ◆「これが自分色のメダルですね」(08年8月13日)北京五輪男子200メートルバタフライで銅メダルを獲得して。

 ◆「水泳で新たな目標を見つけたい」(08年8月15日)北京五輪男子1500メートル自由形で予選落ちした直後に現役続行を宣言。

 ◆「僕もそっちの方にいけたらいい」(08年10月15日)ハンマー投げの室伏が博士号を取得したことで、自らも「博士」への思いを口にした。

 ◆「さらなるステップアップのために新しい環境で取り組みたいと思いました」(08年12月26日)所属先のミズノとの契約が終了して。

 ◆「彼は前(200メートル自由形決勝)に走っていたんでね」(09年7月28日)200メートルバタフライ準決勝でフェルプスに先着した感想を問われたが、フェルプスが前のレースで泳いでいて万全でなかったと思われる点を指摘。