光老化啓発特集第4回はグランドスラムで4回の優勝を誇る元プロテニスプレーヤーの杉山愛さん(45)と皮膚科医の川島眞氏(68)の対談だ。コメンテーターとしてテレビ出演も多い杉山さんだが、普段は5歳の男の子の母親でもあり、ジュニア選手を教える指導者でもある。光老化啓発プロジェクト委員会の理事でもある川島氏が、杉山さんに現役時代の日焼けに関するエピソードを聞くとともに、杉山さんからは日焼け対策についていろいろな質問が飛んだ。日焼けに関するラリーの応酬に注目だ。

ダブルスのパートナー選びで大切なのは?

杉山愛さん(左)と川島眞医師
杉山愛さん(左)と川島眞医師

川島私はテニスをほとんどしたことがないので、まずはテニスについて聞かせ下さい。私にとってのテニスは、上皇ご夫妻が軽井沢でプレーしていた優雅なスポーツというイメージでした。私の子供の頃には女の子もあまりテニスをしていたイメージはありませんが、伊達(公子)さんや杉山さんの活躍で女の子の間でブームになったと思っています。その頃から優雅なスポーツからハードなスポーツというイメージに変化しました。かつては多くの女の子がテニスをしていましたが、最近は女の子がゴルフをするようになっています。最近のテニス人口の増減はどんな感じですか。

杉山残念ながら少しずつ減少しています。昔はファッションとして多くの人がテニスをしていました。しかし最近は少子化の影響もあって、今のテニス人口は340万人ぐらいです。錦織選手の活躍で一時期はテニススクールで子どもたちがテニスを始めた時期がありましたが(17年度のテニス人口は439万人)、また少し下がっています。子どもが外で遊ぶ習慣が少なくなってきていることも原因だと思います。

川島杉山さんの戦歴を見ますと圧倒的にダブルスでの優勝が多いですね。ダブルスでのツアー優勝38回(シングルスは6勝)は最多ですか?

杉山はい。日本人では一番多いですね。

川島ダブルスで組んでいたパートナーは何人も変わってますよね。それでいてこれだけ優勝を重ねられるというのは杉山さんに何か(勝つ)秘密があるのですか?

杉山愛氏①

杉山何なんでしょうね(笑)。ダブルスは1+1が2以上になるという奥深さがあります。2人の間に流れる空気感だったり、ハーモニーだったり、エネルギー量だったりがダブルスの楽しさです。さらに自分のパートナーとの相性もあります。テニス的な相性もですが、性格的な相性も重要です。自分のパートナー選びのこだわりは“勝てるパートナー”よりも“楽しめるパートナー”を選ぶというところです。ダブルスの成績は良かったのですが、私自身はシングルスに重きを置いていたので、せめてダブルスは好きなプレーヤーと楽しい時間を過ごしたいと思ってました。その結果、楽しみながら勝つことができたのだと思います。

川島パートナーはどういったタイミングで選ぶのですか?

杉山毎週パートナーを変える人もいますが、私は2人でテニスを作り上げていくプロセスが楽しかったので、気にいった相手がいると2~3大会トライして、うまくいったら「今シーズンは一緒に同じ大会に出ましょう」と誘っていました。

川島杉山さんが誘うのですか? それとも誘われるのですか?

杉山私のランキングが上位だったこともあり誘われることが多かったのですが、私が誘って1回だけ断られたことがあります。そのパートナー(カタリナ・スレボトニク)とはグランドスラムの決勝まで進出したのですが(07年全仏とウィンブルドン)、私が力を出し切れなかったこともあって勝てる試合を逃しました。シーズン終わりに彼女に「もう1シーズン組みたいんだけど」と誘ったのですが「ごめんなさい」と断られました。ですが私が引退する時にスレボトニクから「私が一番後悔しているのは愛にノーと言ったこと(ペアを断ったこと)だ」と言ってくれました。彼女とは今でも仲がいいです。

川島眞氏②

川島ダブルスというのはすごく難しいと思うのですが、パートナーがミスした時に「何やってるの(怒)」というふうに思わないのですか?

杉山全く思わないです。だからダブルスに向いてるんだと思います。

川島ヘー。すごいですね。私には考えられない!(苦笑)

杉山お互いにいい時もあれば悪い時もある。私もベストを尽くしていてもチャンスボールをミスするケースもあります。そんな時にパートナーにガッカリされたら萎縮してプレーできないじゃないですか。お互いにベストを尽くしているんですからミスをしてもお互いさまだと思えます。本当に今まで心の底からイラッときたことはありません。仕方ないなーとは思いますけど…。そこがダブルス向きだったんだと思います。

川島五輪も4回出場されているんですね。テニスは競技寿命の長いスポーツなのですか?

杉山昔はそんなに長くなかったですが最近は伸びてきましたね。フェデラー(39)、ビーナス(ウイリアムズ=40)、セリーナ(ウイリアムズ=38)はもう20年くらいトップで活躍しています。私は34歳で引退しましたが、当時はツアーの中では一番年長の方でしたね。そういう意味では最近は競技寿命が延びましたね。

強い日差しの時は帽子を被ってプレー

川島さて本題の日焼けの話をしましょう。杉山さんは4歳でラケットを握って、15歳でジュニアの世界ランク1位になられています。テニスは屋外スポーツなので、太陽の光を浴びながら猛練習されたと思うのですが、子供の頃に日焼け止め(サンスクリーン剤)は使いましたか。

杉山愛氏②

杉山幼少の頃は使っていなかったですね。ツアーに参戦するようになってからは、一応は日焼け止めを塗っていたのですが、とてつもなく汗をかくスポーツなので流れ落ちてしまっていましたね。試合開始前に塗るのですが、試合途中で再度塗ることはなかったです。試合中に日焼け止めを塗るテニス選手はほとんどいないと思います。

川島試合前に塗ってもすぐ流れ落ちますか?

杉山ウオームアップが5分あるのですが、その時間でほとんど流れ落ちているかもしれません。汗が出たらタオルで拭くので日焼け止めも一緒に拭き取っていたと思います。

川島その割には杉山さんの肌はずいぶんきれいですね。

杉山いえいえ、そんなことないですよ。相当紫外線を浴びましたからね。

川島日に焼けると肌が赤くなる方ですか。

杉山小さい頃は赤くなっていたと思うのですが、ツアーを転戦する頃(15歳頃)には真っ黒でしたね。肌は強い方だと思います。テニスは夏を追いかけて暑い所にしか行かないので仕方ないですね。

川島帽子をかぶってプレーしていたのですか。

杉山はい。私は帽子やサンバイザーを被ってプレーしていました。男子はバンダナをしている選手が多いと思いますが、オーストラリア(全豪オープン)では特に日差しが強いので帽子を被ってプレーする選手も多いですね。

川島オーストラリアの紫外線は他の場所とは違いますか。

杉山違いますね。まさに日差しが刺さるという感じです。白人が多くて日焼けに弱いので、長袖を着てサンスクリーン剤を塗るように国が警鐘を鳴らしていますね。

プロフィル
杉山愛(すぎやま・あい)
◆杉山愛(すぎやま・あい)1975年(昭50 )7月5日、横浜市生まれ。5歳でテニスを始める。92年に17歳でプロ転向。4大大会では女子ダブルスで00年全米、03年全仏、ウィンブルドンを制した。混合ダブルスでも99年全米で優勝。09年10月、東レ・パンパシフィック・オープンを最後に引退。ツアー通算単6勝、ダブルス38勝は日本最多。4大大会62大会連続出場は男女を通じて世界最多記録。自己最高世界ランクはシングルス8位、ダブルス1位。引退後は、解説やCMなど多方面で活躍。
川島眞(かわしま・まこと)
◆川島眞(かわしま・まこと)1952年(昭27)4月4日宮崎県宮崎市生まれ。1978年東京大学医学部卒業。東京女子医科大学皮膚科主任教授を経て、18年 東京女子医科大学名誉教授に就任。専門はアトピー性皮膚炎、ウイルス感染症、美容医療。日本香粧品学会前理事長、日本美容皮膚科学会前理事長、日本近赤外線研究会理事長、日本コスメティック協会理事長、NPO法人皮膚の健康研究機構副理事長。