元横綱朝青龍関(29=本名ドルゴルスレン・ダグワドルジ)が、母国モンゴルで「強制引退」への不満をあらわにした。11日、引退後初めてモンゴルに帰国した元朝青龍関は、首都ウランバートル市内で、約100人の報道陣を前に記者会見を行った。引退の原因となった泥酔暴行騒動については、一般男性を殴ったことはないと否定。日本相撲協会についても「気に入らない要求もたくさんあった」と批判するなど、「貝」となっていた日本での態度とは一転して言いたい放題。日本人記者の質問は受け付けなかった。

 日本では、かたくなに閉じられていた元朝青龍関の口から、日本相撲協会への不満があふれでた。ウランバートル市内での記者会見。民族衣装を着て、まげを結った正装姿のモンゴルの国民的英雄は「協会に辞めさせられた」と口を開くと、「悪いことは言いたくないが(協会は)規則が厳しくて気に入らない要求もたくさんあった」などと日本相撲協会への不満を吐露した。

 2月4日の「強制引退」から1カ月あまり。「30回以上、優勝できる体力と精神力はあったと感じていた」と話すなど、通算25度目の優勝から2週間足らずで余力を残して「辞めさせられた」という不満がありあり。「一部に私を辞めさせようとした人もいたことは事実だ」と、引退を勧告した横綱審議委員会や、協会の理事会に向けたとみられる発言もあった。そもそも、泥酔暴行騒動を起こし、自身の個人マネジャーが被害者として名乗り出たウソが発覚し、横審や協会を激怒させたことが「強制引退」につながったが、そんな経緯は一切無視した形だ。

 暴行の有無について確認されると「報道されているようなことは間違い。(暴行は)一切していない。人の鼻を折ったりしたことはない」と、被害者男性が警視庁の事情聴取に「暴行を受けた」としている証言を完全否定。「人に暴力を加えることはいけないことです」とまで言った。「冷静にならなければいけなかった」などと、騒動発覚後の自らの対応については反省の言葉を口にしたが、暴行騒動そのものについての反省はみられなかった。

 この日は、引退以来初めてモンゴルに帰国した。国民的英雄という存在を意識してか、会見では終始リラックスした表情。会見場に集まった約100人の報道陣の前で「(ウランバートルに住む)子どもに会いたくてしょうがなかった」と話すなど、子煩悩な父親としての顔ものぞかせた。しかし、日本人記者からモンゴルに帰国した感想を問われると表情は一変。厳しい表情で「きょうはモンゴルなので、断ります」と、日本語で回答を拒否した。

 「みなさんの関心は今後何をするかでしょう」と切り出し「いろいろと選択肢はある。格闘技、ビジネス、政治家など…。ただ今は何とも言えない。モンゴルの発展のために(経験を)生かしたい」と、明言しなかった元朝青龍関。「高砂親方には感謝の気持ちでいっぱい」としたが「今のところ相撲は見る気がしない」と、育ててくれた角界にもそっぽを向いた。もう「横綱の品格」を問われることはないが、警察の事情聴取はまだ行われておらず、10月3日に引退相撲も予定する中、物議をかもす会見になったのは間違いない。