<大相撲九州場所>◇千秋楽◇23日◇福岡国際センター

 横綱白鵬(29=宮城野)が、大鵬に並ぶ史上最多32度目の優勝を決めた。横綱鶴竜(29)を寄り切りで下し、14勝1敗で偉業を達成した。04年の十両昇進直後から「日本の、角界の父」と慕ってきた大鵬の30歳7カ月を上回る29歳8カ月で快挙を成し遂げ、取組後は号泣。昨年1月に亡くなった天国の恩師へ「約束を果たせた」と感涙に浸った。

 涙があふれた。これまでとは違う重み、感激に、白鵬は唇を震わせ泣いた。「14年前、62キロの小さい少年がここまで来たのは、誰も想像してなかったと思います。この国の魂と相撲の神様が認めてくれたから、この結果があると思います」。勝って泣くのは、野球賭博問題に揺れた後の10年名古屋以来。心から慕った大鵬が71年初場所で達成後、誰もつかめなかった32回目の優勝をついに手にした。

 新十両に昇進した04年。18歳の白鵬は、初めて元大鵬の納谷幸喜氏と顔を合わせた。柏戸の「白」と大鵬の「鵬」から1文字ずつ名を取った新米関取は高い目標を持つ相撲道をたたき込まれた。「年間で一番多く勝てば自然と優勝もついてくる」と言われ、年頭には無敗の90勝を思い描く。

 最後に交わした言葉も忘れられない。昨年初場所5日目の朝、体調を崩した納谷氏が検査入院する前に見舞いに出向いた。鼻に管を入れ車いすに座る同氏から、言われた。「まあ、人生、頑張るだけ、頑張らなきゃな。いいかげんなことしちゃダメだよ。ビシッとしてれば、ちゃんとみんなが認めてくれるから…」。わずか5分ほどの間に「頑張れ」と7度も言われた。

 白鵬も言った。「32回の優勝に近づけるように、本当にそれを目指していきます」。恩師はその2日後、息を引き取った。悲しみに暮れながら、自宅のリビングに最後に励まされたときの記念写真を置いた。自ら誓った言葉を実現し、約束を守るためだった。

 大一番にも動じない横綱だが「決して強い人間じゃない。運は努力しないと来ない」という。以前、歌手の松山千春から聞いた言葉がある。「運という字は『軍が走る』と書く。戦わないと運は来ない」。誰より強くても稽古で汗を流す。この日の朝も稽古場に下りた。鶴竜との決戦も全力でぶつかり、反応良くいなし、一気に寄り切った。

 恩師の死後、昨年春から11場所中9場所を制した。「角界の父の偉大な記録に並んで、恩返しできた。約束を果たせた」。ひと息ついたが、まだ夢の続きはある。「この優勝に恥じないよう、一生懸命頑張っていきたい」。これまで追いかけてきた恩師の足跡もない前人未到の領域へ、歩みは止まらない。【木村有三】