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◆箱根駅伝復路◆


「箱根は人生」駒大島村主将が逆転

<箱根駅伝・復路> ◇3日◇箱根・芦ノ湖〜東京・大手町の5区間、109・2キロ◇出場20チーム

駒大・島村
写真=9区、山梨学院大・清家(左)をとらえ一気に先頭に立つ駒大・島村(代表撮影)

 雪に煙る前方に、かすかにブルーの背中が見えた。「おれたちは優勝するんだっ!」。スタート直前、前日2区を走った松下の声が、島村の耳に届いた。復路9区。山梨学院大とは58秒差。タスキを受けた主将は勢いよく飛び出した。「あの声で弱気は消えた」という。1キロを3分ペース、機械のように正確で、力感あふれるピッチ。16キロ手前で宿敵をとらえ、一気に置き去りにした。ついに逆転。最後まであきらめない駒大の強さは、島村に凝縮されていた。

 最終走者の北浦が、最高の笑顔で帰ってくる。2連覇の瞬間だった。史上10校目の偉業達成だ。序盤にメンバーをそろえ、往路優勝した山梨学院大を層の厚さで上回り、逆転で総合V。ゴールラインで人さし指を立て、誇らしげに見える後輩を、島村は両手を広げ胸で受け止めた。歓喜の輪ができ、優勝回数と同じ3度宙に舞った。都心に落ちるボタン雪が祝福の紙ふぶきのようだった。

 万感の思いが込み上げてきた。昨年3月、自ら申し出て主将に就いた。ルーキーの00年、箱根で初優勝に貢献。だが同7月、ランナーには致命傷の座骨神経痛を患った。2年ではメンバー漏れ。歩くこともできなかった。3年で箱根に復帰も、次はヒザ痛に襲われた。運命をのろった。何とか境遇を変えたい。主将に就けば、簡単には練習を休めなくなる。自身を追い込むことで「強い肉体」を作りたかった。

 強い責任感は、土壇場で生きた。10日前から断続的に下痢が続く。「大八木さんには内証でしたけど、食べ物が胃に残らない。体重も1キロ近く減りました」。冷えないようにと、腹巻きを巻いて走った。箱根に出られない2人にも勇気をもらった。関東インカレ1万メートル優勝の松村と布施だ。ともに負傷で今大会を棒に振った。そんな同学年の2人が、9区の付き添いとタイムキーパーを務めてくれた。氷点下でも胸は熱くなった。

 力以上の力が出る。それが駅伝だった。1時間9分2秒。気が付けば、ビデオで何度も見た、先輩西田の作った区間記録(00年)にあと2秒と迫る好記録。20キロすぎ「最後の上り」で顔がゆがんだが、ストライドは変わらなかった。グイグイ引っ張るのではなく、対話重視。あとは練習する姿を見せ、若い選手に考えさせるタイプの主将だった。何度もけがに泣き、自分を追い込む姿に若いチームが1つになった。体調不良も責任感とプライドが最後まで走らせた。4年間で3度の優勝も今回は格別だった。

 最後に大輪の花を咲かせた、激動の大学生活。島村は「箱根みたいだ」と言った。最大標高差834メートルを駆け上り、また下る。大小、起伏の激しいこう配が続く全長216・4キロは、島村の4年間そのものだった。【牧野真治】

 ◆島村清孝(しまむら・きよたか) 1980年(昭和55年)8月26日、埼玉県南埼玉郡宮代町生まれ。前原中から花咲徳栄高を経て、99年に駒大に入学。00年の箱根駅伝でルーキーながら初優勝に貢献。2年のときはでん部負傷のためメンバー漏れ。昨年は3区で2位だった。5000メートルの自己ベストは14分30秒。同1万メートルは28分53秒。趣味はクレーンゲームとボウリング。好きな選手は特になく「自分で有名になる」。血液型はA。169センチ、54キロ。

協力大学スポーツ新聞






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