第337号 1面記事 消すな紫紺の灯 小堀正 連敗…もはや残すは新年のみ 対帝京大戦、約2ヶ月ぶりのフィールドへ主将・小堀正博(政経4)は帰ってきた。「自分が紫紺の理念を体現する。主将として見せられるものはこれだけだから」。ラスト5分で9点ビハインドの絶望的な場面。男は死力を尽くし、最後のアタックを試みていた。そこには誰よりも多く“前へ”進もうとする姿があった。 苦闘 小堀(正)を支えてきたもの。それは紫紺の至宝を失うことへの危機感だった。「もし“前へ”を貫く姿勢を失えば明治は全てを失う」。残された最後の財産を「どこまで体現できるかがカギだった」(松原裕司氏・平14文卒・現神戸製鋼)。 当初、現実は自らの理念を貫くことすら許さなかった。「全員の力が足りない。上積みをする時間が必要だった」(小村ヘッドコーチ)。FW・BK共に前進するすべを持たず、辛酸をなめる。春は連敗続き。勝負を懸けた夏も結果は残せない。「自分はプレーでしか引っ張れない。主将として何とかしなければ…」。苦しむ仲間達を目にして責任を感じ、小堀(正)もまた、もがいていた。「明治の伝統を背負い込んで苦しんでいた」(日高・営4)。もともとケガしがちの体はボロボロとなる。「不調だよ…」。動かぬ体は心をもむしばみ、男は遂に倒れてしまう。主将のプライドも引き裂かれていた。 それでもその戦いは無駄ではなかった。主将の残した思いを受けて、チームは変わりつつあった。「明治らしいひたむきなプレーが出てきた」(日高)。同時に「合宿後、今季のチーム戦術がほぼ確立した」(鈴木・政経4)。 秋の対抗戦が始まると明治は上昇気流をつかみ4連勝を達成。だが主将不在が続く中で大事なものが薄れつつあることに誰も気付かなかった。 不屈 対筑波大戦、12―48で敗北。「おごりがあった。いったい今まで何を――。ひたむきな姿はあの場にはなかった。縦への意識も貫けなかった」。明治の原点を見失っていた事実を直視し、小堀(正)は思わず涙した。そして主将としての責任が朽ちかけていた体を再び突き動かす。「ケガは関係ない。俺は次の試合に出る。“前へ”を皆に見せたい」。 そして対帝京大戦を小堀(正)は戦い抜いた。体がきしみ満足に走れない。それでもプレーを通じて紫紺の理念を最後まで問い掛けた。その姿は「やはり彼が明治の軸」(境監督)。必死の働きで訴えだけは何とか伝わっていた。 証明 12月7日。この日、信念を懸け、宿敵・早稲田と一戦を交える。「一歩でも二歩でも“前へ”出る。明治のラグビーを貫く」(小堀(正))。国立はその証明の場となる。 明治、紫紺を信じて前へ。 ひたすら前へ。 【三原正史】