2003年、8月8日。台風10号の影響で前日には激しい雨が降り、さらにこの日もいつ降りだすか分からない状況の中、第2試合倉敷工高対駒大苫小牧高の試合が幕を開けた。 試合は、駒大苫小牧高が2回に打者一巡で一挙7得点、3回に追加点となる1点を加え、気が付けば8対0の大量リード。流れは完全に駒大苫小牧高に傾いていた。続く4回にも、二死一、三塁とチャンスが訪れる。だが、その時突然の豪雨が。「きっと続かないだろうな…」。4回まで1安打無失点の好投を見せたエース白石(商1)は、事態を冷静に受け止めていた。30分中断するも、雨脚が弱まることはなく、降雨ノーゲームに。駒大苫小牧ナインの勝利は手の届く位置まで迫っていたというのに…。勝敗は翌日へと持ち越された。しかし若狭(商1)は「悔しさはない。明日絶対勝って、次をやることしか考えていなかったので」と、再試合での勝利を当然のことと考えていた。一方、倉敷工高の渡部(政経1)は「もう一度試合ができる。ラッキーだとは思ったけど、相手にしては良くないことだから…」。と、複雑な表情を浮かべた。 台風が過ぎ去った、翌日の仕切り直しの一戦は一転、終始倉敷工高ペースで進む。2回に倉敷工高が先制し、4回には、悪送球と中安打で1点差に迫る駒大苫小牧高を、2塁打で突き放した。駒大苫小牧打線は、前日の活躍が嘘のように沈黙。結局6回にも追加点を加えた倉敷工高が5対2で勝利し、2回戦へコマを進めた。この結果に、駒大苫小牧高の選手はただ呆然としていた。勝っていたはずのチームが次の日には一変、敗者になろうとは。甲子園とは何と恐ろしい場所なのか。「悔しかった。昨日の試合と足し算したら、うちが勝っていたのに(苦笑)」(白石)。 その後、両校の主力は大学進学による再会を果たす。監督の勧めもあり明大を選んだ白石だが、「自分の学校で明治に入った人はいなかったので、自分達をきっかけに後輩が続いてくれれば」。渡部は、関西で続けることを勧められていたが、「関東でやりたい」という自分の意志を貫いた。「中学が星野さん(現阪神SD)と一緒なので、同じところでプレーしたいという思いもあった」。 「応援なども華やかで、熱気がある」東京六大学に進学した3人は、「まだまだではあるが、リーグ戦に出場し、活躍したい」と抱負を述べた。課題がバッティングである渡部は「若狭が目標。パワーがあるし、ボールをもっていくのがうまい。自分に役立つものがあれば」。それに対して、若狭は照れくさそうにしながらも「自分はいつも通りのプレーを心がけていきたい」と話す。 降雨ノーゲームにより、再試合にまでもつれた試合を経験した3人。甲子園は、彼らにとってきっと忘れられないものとなったに違いない。駒大苫小牧高の二人は「甲子園でプレーしたことは今でも不思議な感じ。満足はしていないが、皆の印象に残るし、普通の負け方よりは良かったのかもしれない」。胸の内を明かした。渡部は「お世話になった人に、甲子園で頑張ってる姿を見せられて良かった」と、それぞれの思いを語った。 甲子園には魔物が住んでいる…。私達に大きな感動を与えてくれた彼らは、身を持ってその恐ろしさを感じた。だが、それは今後の大きな糧となるに違いない。神宮に舞台を移しても、この経験を生かし活躍していってほしい。これからの3人に注目である。 ◆白石 守 しらいしまもる 商1 駒大苫小牧高出 180cm・85kg 若狭 康之 わかさやすゆき 商1 駒大苫小牧高出 169cm・75s 渡部 和博 わたなべかずひろ 政経1 倉敷工高出 182p・79s