――本学のヘッドコーチに 就く前に3年間テクニカルコーチとして指導に 当たっていたわけですが、 そもそもテクニカルコーチになったきっかけというのは何だったのですか。

 「みんな知ってる通り、ここ数年、明治が低迷していて、 凄くテクニカルが弱かった。 それで田中(前)監督から『(OBとして)コーチをしてくれないか』っていうオファー があってそれで引き受けたんだ」

 ――自分から『就きたい』 と申し出たわけではなったのですね。

 「そう。だけど、元々教えることは好きだったし。 社会人ラガーマンっていうのは『引退したら指導の道を』 ってなことをたいてい考えるモンで、 それに加えて、神戸製鋼では"教えることを教えてくれる" 教育プログラム見たいのがあってね。 例えば、(少年クラスの)ラグビースクールで教えたりとか。 あと、平尾(前日本代表)監督 (現神戸製鋼ゼネラルマネジャー)や他の方々からとてもいい指導を受けたり…。 神鋼時代に教える喜びっていうのを学んだ気がするな」

 ――テクニカル コーチの時はどれくらいの頻度で指導に来ていたのですか。

 「その頃はもちろん神鋼での(現役としての)練習が中心だったから、 空いてる時間に来てた。でも、年に3〜4回くらいで…『申し訳ないな』 っていつも思ってたよ」

 ――それでも続けていらした。

 「いや、本当は去年('00年度)は辞退しようと考えてたんだ。 でも(昨年度から就いた)境監督から、 『今年から僕が監督になるんだけど、 現場のところからはできないから、年1・2回でもいい、続けてくれないか』 っておっしゃっていただいて、それで続けたんだ。 でも去年は自分のチーム(=神鋼)でも サントリーに対する建て直しっていうのもあって2回 しかいけなくて。『申し訳ない』って思いがますます強まったね」

 ――そうだったんですか。 それで今年の就任にいたったわけですね。 それでは今年度からヘッドコーチに就いた経緯を教えてください。

 「さっきも言ったけど、テクニカルコーチ時代は年に4回くらいしか来なかった。 常々『申し訳ないな』って思う一方で 『母校に協力したい』って言う気持ちが出てきてね。 で、現役を引退するのと同時に、 ヘッドコーチになりたいという旨を境監督に申し出て、 そのあと正式に伝達がきたんだ」

 ――本学初のフルタイムコーチということですが。

 「やるからには中途半端にはしたくなかったんでね。会社には理解をもらって、 午前は会社、午後は練習という形で今はやらせてもらってる」

 ――ヘッドコーチについて一番始めにしたことは。

 「組織作り。勝てるチームに必要な要素は、"いい人材・いい組織・いい環境"の3つ。 そのうち"いい人材”はもともと他と互角に戦えるだけの選手は揃っているし、 ”いい環境”については新寮ができたりと整いつつある。 今まで足りなかったのは”いい組織”だった。 だったらまずはそこを強化しないといけないな、と」

 ――コーチ陣がずいぶん若返りましたが。

「やっぱり(ヘッドコーチの)俺より年上の方がいると 意見の妥協をしてしまうと思ったから、 境監督にも『現場の方は俺に任せてくれ』と申し出て、 コーチは俺と同い年から下にしてもらったんだ。 その方がコーチ陣が同じ考えでいられるしね」

 ――フルタイムコーチの利点というのは。

 「去年まではコーチがついていても土・日中心で、 それぞれがバラバラに来て指導するから、コーチ陣全体として見た時に、 言っていることに統一性がなくあいまいになっていた。だけど、 今年からは俺が常駐して 同じことを口酸っぱくして何度も言える。 他のコーチたちは俺を見てやってくれれば統一性を保つ ことができる」

 ――小村コーチ自身黄金期を体験して きたわけですが、今の明治に足りないものは何でしょうか。

 「メンタル面が弱い。あらゆる面に対してなあなあになってしまっている。 例えば去年('02年度)早明戦でも、前半はいい調子で戦ってきたのに、後半1回で ドッと(早稲田に)やられたら、そのまま雪崩式に崩れていってしまった。 だから今年は"メンタルタフネス"をキーワードにして、 精神面の強化を図りたい。 もともとラグビーは激しいぶつかりあいをするコンタクトスポーツ。 だけど、そういう苦しい時にこそキツい選択をできるようになってほしい。 俺はそれがラグビーだと思ってるから」

 ――今季のチームプランは決まっているのですか。

 「今年はチームのテーマとして"ダイナミック・ブレイク"を掲げた。 最近の(世界のラグビーの)傾向としてサントリーや早稲田のようにラックからの 素早い球出しからうんぬんといった型にはまった決め事が多いラグビー というのがある。 もうそれは世界の主流。 でも、それを踏まえたうえで、あえてスタンディングラグビーに徹するような、 明治らしい豪快なラグビーをしていきたい」

 ――もうそれは学生達とは話し合ったんですよね。

 「2月に全員が集まる機会があったからその時に。 さっき言ったチームプランと、6月までの練習スケジュールを発表した」

 ――1年を通しての…ではなくてですか。

 「1年間の練習プランをいきなり一気に伝えると混乱するからね。 一つ一つクリアしていく形を取ったんだ。その方がやりやすいから」

 ――今まではそういう風に練習プランを コーチ側から細かく区切って伝えるということはなかったのですか。

 「そうだね。昔は学生中心で最初から決め事なしでも勝っていたけど、 今はそれじゃ駄目。 これまでの低迷はキャプテン=部員達が自分のプレーに加えて、 メンバー決めやチームプラン・ゲームプラン・練習プランまでもやらな きゃいけなかったからだと思う。 やることが多すぎて自分のプレーに集中できない環境は、 今じゃ通用しない。それに、学生だけが考えたプランよりも、 実績のある社会人のノウハウを教えた方がてっとり早くて効率がいい。 変な意味で"学生自治"の気風が残っていたんだな。 今年の主将の小堀(政・政経4)も自分のプレーで引っ張っていくタイプだから、 それに集中させてあげたい」

 ――そうなると、 キャプテンシーというのはどこで表すのでしょうか。

 「ラグビーはサッカーなどと違って フィールドまでコーチや監督が降りて細かく指導する ことがない。フィールドで戦うのは15人だけ。 局面での決断も、立ち直ることも全て自分達だけでしなければならない。 キャプテンシーはそういうところで発揮すればいいし、してほしい。 ゲームメイクは10番が、それ以外の部分は主将が引っ張っていけばいい」

 ――なるほど。話は変わりますが、今年の目標は。

「大学日本一」

 ――1年間で…ですか。 復活までの建て直しを長いスパンで見る指導者もいますが。

 「例えば早稲田の清宮さんは日本一になるのに2年間かかった。 (最高点に達するまでのスパンを)大きく考える人もいるけど、 学生にとっては1年一年が勝負だし、 特に4年生のことを考えるとやっぱり勝たせてあげたい。 1年間で日本一になって、その上で来年、再来年につながる組織作りをしていきたい」

 ――1 年で優勝できるだけの力がある"ということですね。 その具体的な根拠はどこにあるとお考えですか。

「俺が来たから――(笑)まあそれは冗談だけど。 でもやっぱりそれだけの人材はいるしコーチ自身もコーチング に飢えている部分もあるからね。 このコーチ陣のやる気の高さに選手達がどれだけ付いてこられるかって いうのもあるかもしれないな(笑)」

[構成 藤浦澄恵] 

●小村淳
 こむらあつし 1970年3月17日生まれ  181cm・95s フランカー 函館有斗高→明大→神戸製鋼
 明大では一年の頃からレギュラーを張り続け、 4年時には主将としてチームを大学日本一に導いた。神戸製鋼では '99年度、'00年度に日本一を経験している。 昨年、惜しまれつつも現役を引退した。 現在は会社の計らいにより東京支社に勤めながら、 明大初のフルタイムコーチとして指導に当たっている。